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19.
ところが。いざ、"あかと"の前になると、その偽りは呆気なく崩された。
仕方なしに母親と共に朝田家に訪れると、今までに聞いたことのない、喉を涸してもなお、激しく泣き叫ぶ"あかと"の姿があった。
「じっお"ん"っ、ぐん"っ!」
それに呆然としていると、涙声で"あかと"が飛びついてきて、慌てて受け止めた。
「え、あかと、くん⋯どうしたのっ」
「じお"ん"ぐん"!!」
びゃぁぁぁ、と玄関先で耳に響くほど叫ぶ"あかと"に非常に困惑していた。
泣いている理由が分からない。こないだ泣いた時よりも比べ物にならない異常な泣き方で、もう一度「どうしたの」と訊いてみても、こちらの名前を泣き叫ぶのみで、答えが返ってこない。
「紫音君のことをずっと待っていたのよね」
「え、ずっと⋯⋯?」
"あかと"母の疲労困憊だと分かる、目のクマに、ボサボサ気味の髪で、紫音が来るまでこのような状態だったと伺い知れる。
その母親の様子から申し訳なくも思ったが、同時にここまで待っててくれたと思うと、嬉しくないはずがない。
「⋯⋯あかとくん。ぼくがきてうれしい?」
「じお"ん"ぐ⋯っ! い"がな"い"でぇ!」
「⋯⋯しゃべらせちゃって、ごめんね」
ぐすぐすと鼻を啜り、小さな手で必死になって紫音の服を掴んでいた。
そのことに小さく苦笑し、「今はどこにも行かないから、落ち着いて」という意味を込めて、背中をトントンしてやる。
すると、昼寝の時のようにうとうととし始め、やがてこてんと寝に入った。
小さく笑んで、そのままトントンとしていると、紫音のそばに"あかと"母が寄ってきた。
「⋯本当にすごいわ。私が何やっても、ぐずってばっかりだったのに、紫音君のこと本当に好きみたいね」
「⋯は、へへ⋯⋯」
「⋯紫音君、重たいでしょうし、寝かせに行ってくるから、そのまま私に渡してちょうだいな」
スッ、と手を差し出してきたが、首を横に振った。
「⋯⋯だいじょうぶです。おひるねのときとおなじばしょに、ねかせればいいのですよね。ぼく、あかとくんをねかせにいってきます」
「⋯そう? お願いしようかしら」
「おじゃまします」と言って、上がり、リビングの方へ行き、床に敷かれている敷布団にそっと置いて、タオルケットをかけてあげた。
「⋯⋯しお⋯、くん⋯⋯」
癖になり始めた、"あかと"の頭を撫でようとした時、むにゃむにゃと言っていた。
"あかと"がにっこりと笑っている。
紫音が"あかと"の夢の中に出てきているのだろうか。
どんな夢を見ているのだろう。少なくとも、楽しそうな夢だということは、彼の表情で十分に分かったし、何よりも"あかと"の夢に、自分が出てきているようで心が踊るほどに嬉しかった。
自分の見る夢が悪い夢ばかりであっても、この子が見る夢だけは楽しい夢ばかりであって欲しい。
「⋯⋯いいゆめをみてね」
優しい眼差しで、笑っている"あかと"の頭を撫で続けた。
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