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「あ、こらっ!」 「しお、にぃに! ひいて! ひいて!」 「あ⋯⋯え、と⋯⋯」 抱きついたまま、ぴょんぴょんと跳ねる"あかと"の後ろで、深いため息を吐いている母親をチラリと見て、狼狽えていた。 「⋯⋯紫音君、迷惑かもしれないけど、あかとのことよろしくね」 「あ、はい!」 迷惑なのは自分の方なので、という意味を込めて言うと、「ひーいーて!」と、少々ご機嫌ななめになってきた"あかと"に、「ひいてあげるから、はなしてもらっていい?」と優しくたしなめると、「しおんくん⋯にぃがいうなら!」と素直に応じ、「あかと。お膝に座って、一緒に聞こうか」と膝を着いていた母がぽんぽんと叩くのを、駆け足気味にその勢いで座った。 「落ち着きがないんだから」と困ったように笑って、膝上で体を揺らす"あかと"の頭を撫でていた。 その光景に、微笑ましく羨ましくもありながら、発表会の時のようにぴんと背筋を伸ばした。 「では、おききください」 ヴァイオリンを顎に当て、弦に弓を当てる時に小さく息を吐き、弾き始めた。 さっき弾いていた本番用の曲。 間違えないように間違えないようにと、無意識に体が強ばっていたようで、さっきよりも軽やかに弾けていると全身に感じる。 よく間違えていた箇所も難なく弾け、そのことにわずかに目を見開いたものの、調子が良くなっていき、気づけば、心から楽しく弾いていた。 強制的にやらされていたから、『楽しい』と今までに思わなかった。それが今、こんなにも溢れんばかりに思うだなんて。 "あかと"が熱中して観ている戦隊モノのヴァイオレットという人物は、レッドの兄だという。 だから、「兄が欲しい」と言うあの子の望みを叶えるため、「しおんくん」から「しおんにぃ」と呼ばせて、兄のように慕ってもらっている。 ついつい「しおんくん」と言ってしまったり、言えなかったりする。それはご愛嬌だ。 それに、どんな呼び方でも可愛く思え、どれにだって返事をしたくなる。 そして、こうだとも思う。 「しおんにぃ」と呼ばれている間は、本当の兄弟のように思える、と。

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