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ふたり占め#1 ③

◇◆◇◆◇ 学校中大騒ぎだった。 あの矢橋兄弟がひとりの平凡な男子生徒に求愛した、という事が、朝の光景を見ていた人達からふわっと拡がったと思ったら、あっという間にぶわっと拡散された。 俺は静かにお弁当も食べられない。 「ねえ、浅羽くん、どうするの?」 「流風くん? 藍流先輩?」 「えっと…」 「もしかして両方!?」 「えっ!? あの…」 「まさか矢橋兄弟が選んだのが浅羽くんみたいなタイプなんて…びっくり!」 「ほんとに! どんなに告白されても一度も頷いた事ないって噂なのにね」 「あの…」 「そっかー、もしかしてふたりとも運命の相手に出会っちゃったのかな!?」 「浅羽くん、どうするの?」 以下繰り返し。 クラスやクラス外の女子に囲まれて、俺は大好きな卵焼きの味さえわからない。 ていうか女子に囲まれるなんて経験がないからどうしたらいいかわからないし、話題も話題だ。 どうしたらいいのか。 俺が縮こまって女子の中でお弁当を食べていたら急に教室内がどよめいた。 今度はなんだと思って見たら、クラス委員の集まりから戻って来た流風と、何故か藍流が一緒に教室に入って来た。 「「奏!」」 俺を見つけたふたりの弾んだ声が重なる。 あれ。 もう睨み合ってない。 お弁当を食べている俺の左隣に流風が、右隣に藍流が椅子を持って来る。 「ごめんね、奏を譲ってもらってもいい?」 藍流が周りの女子達に聞く。 またどよめきが起こり、女子達はぶんぶんと首を縦に振って頷く。 「ありがとう」 藍流と流風の優しい笑顔に女子が頬を染めて散っていく。 ようやく静かになった、けど。 「奏、お弁当なんだ?」 「うん。ふたりはパン?」 「そう。俺と藍流はいつも購買。両親が共働きで朝は忙しくて、お弁当作る時間ないから。自分達で作ればいいんだけど、購買あるからいいかなって」 「そうなんだ…」 両隣に座った矢橋兄弟に見られながらの食事は緊張する。 かさかさと右側と左側からパンの袋を開ける音が聞こえる。 ふたりが机に置いているのは、同じパン。 「やっぱり好きな食べ物とか好みは同じなの?」 「双子だからそうって事はないし、それぞれなんだろうけど、俺と藍流は同じかな」 「そうだね。それを嫌だと思った事もなかったし…昨日までは」 「昨日?」 「奏と出会って、初めて流風を敵視したよ」 「俺も」 なんかまた不穏な空気? 見られてるからここではやめて欲しい。 「でもここに来るまでの間にふたりでしっかり話し合ったから、安心して」 藍流がにこやかに言う。 ほんとに綺麗な笑顔だ。 「話し合ったって?」 聞いていいのかわからないけど気になるから聞いてみる。 俺も無関係ではなさそうだし。 「俺も流風も、やっぱり独り占めはよくないって思うんだ」 「うん…?」 「だから、俺と藍流で奏をふたり占めする事にしたよ」 「………」 どうしてそういう話になったんだろう。 だから急に雰囲気が穏やかになったのか。 「俺達以外、見ちゃだめだよ。奏」 両側から頬にキスをされた…え!? ◇◆◇◆◇ なんだかよくわからない事になった、と思っていたのは最初だけだった。 とにかく矢橋兄弟は俺を大切にして、強引に振り向かせるようなやり方ではなく、優しく俺の心を導いてくれた。 でも俺は誰かと付き合った経験がないし、いきなりこんなかっこいい人と付き合うっていうのも腰が引けた。 しかも男同士。 そして相手がふたり、だ。 「俺か藍流のどちらかを選んでどちらかが選ばれないなら、両方を選んで欲しいんだ」 「流風となら一緒に奏を愛していく事ができるから、俺もそれがいい」 そう言われても、ってなった。 だってなんか心が落ち着いていないみたいでむずむずする。 そんな俺の手を、ふたりが片方ずつ取る。 「大丈夫。奏が嫌だったら藍流を捨てればいいから」 「いや、流風を捨てればいいよ、奏」 …やっぱりこんな感じ。 でもなんかおかしくてつい笑ってしまったら、ふたりに同時に抱き締められた。 「「可愛い、奏…」」 藍流と流風の言葉が重なる。 ふたりの体温が心地好くて、なんとなく瞼を下ろした。 でも、この体温に慣れ過ぎるのは…怖い。 ◇◆◇◆◇ 「なんで奏がいいかって?」 「うん」 「俺達の母親に似てるから」 「お母さん?」 藍流と流風が教えてくれる。 お弁当を食べる俺の両隣で、左隣の流風と右隣の藍流はいつも通り購買のパン。 ずっと気になっていた、矢橋兄弟ほどの人達が俺みたいな、なんでもないやつを選んだ理由を聞いてみた。 「俺達の母も奏みたいに可愛い人で、俺も流風も小さい頃から母が大好きだったんだ」 「でも父がね、『お母さんは俺の妻だから、お前達にも絶対に渡さない』って。子ども心にショックだったな。な、藍流」 藍流が頷く。 すごいお父さんだな、と思いながら聞く。 「それで父にふたりで聞いたんだ。『俺達もお母さんみたいな可愛い人と出会える?』って」 「うん…」 流風が過去を見るような、懐かしむような瞳をする。 てか俺、可愛くないんだけど…ふたりの感性はやっぱりわからん。 「『当たり前だ。その時にその相手に好きになってもらえるように今から努力しなさい』って言われたんだ。それでようやく可愛い奏と出会えた」 「…俺、可愛くないよ」 「奏は自分の魅力に気付いていないだけだよ。俺も藍流も、知れば知るほど奏を好きになっていく」 藍流も流風も俺を可愛いって言うから、家で鏡をじっと見てみたし、色んな角度から見てみたけど、やっぱり平凡にしか映らなかったんだけどな。 「俺なんか、ほんとにどこにでもいるやつだよ」 「そうかな。俺も流風も今までこんなに可愛い子には出会えた事ないよ?」 「うん。奏はもうちょっと自分の可愛さを自覚しないと、俺達心配になる」 流風が俺の左手を、藍流が右手を取ってきゅっと握って微笑む。 三人でいるのに慣れてきたからか、こういう触れられ方にも慣れてきた。 「ふたりに手を握られてたらお弁当食べられない」 「ごめん…でももうちょっとだけ」 そう言って流風が指を絡めると、藍流が自分の頬に俺の手を当てる。 どきどきする。 俺、矢橋兄弟を独り占めしていていいんだろうか。

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