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ふたり占め#3 ④
◇◆◇◆◇
「奏」
「え?」
手を掴まれてはっとする。
見るともう矢橋家の前に着いていて、俺はそのまま通り過ぎようとしていた。
「やっぱり様子おかしいね。なにかあった?」
「……」
藍流が聞くけど、答えられない。
「とりあえず入って」
「…うん」
流風に促されて中に入って藍流の部屋に行った。
「はい」
「ありがとう」
ローテーブルにティーカップが置かれる。
藍流が淹れてきてくれた温かいミルクティー。
一口飲んだら、固まっていた心がちょっとほぐれた。
「どうしたの?」
右隣に座った藍流が優しい声色で問う。
俺はやっぱりなにをどう言ったらいいかわからなくて言葉が出てこない。
黙ったままの俺の頭を、ふたりの大きな手が撫でる。
なんだか無性に泣きたくなってきた。
「…俺、藍流と流風がチョコ断ってくれたの、嬉しくて」
「うん」
「………でも、それでいいのかな、って思って…」
「『いいのかな』、って?」
「どういう事?」
流風と藍流が聞く。
今、ふたりはどんな顔をして俺の話を聞いているだろう。
きっといつもと同じ、優しい顔をしているに違いない。
「俺が、『受け取ってあげなよ』って言えばふたりはチョコを受け取ってあげて、傷付く人は少なかったんじゃないかなって。俺が藍流と流風に人を傷付けさせたんじゃないかって思ったら…なんか…」
「……」
「…でも、俺は自分の事ばっかりで、他の人の事まで考えてあげられなくて…」
もっと他の人の事を気遣える人になりたい。
こんなんじゃいつか藍流と流風も傷付けてしまう。
「あのね、奏」
「…?」
流風の声にそちらを見る。
やっぱり優しい顔をしてる。
「俺も藍流も、たとえ奏に言われても受け取らないよ」
「…なんで?」
「前に言ったでしょ。気持ちに応えられないのにチョコ受け取るなんて無責任な事したくないって」
「でも…!」
身体の向きを変えてふたりに向き直る。
「俺達がチョコを断った事で傷付いた人は確かにいると思う。でもそれを奏が気に病まなくていいんだよ。俺達がその人の気持ちに応えられない、それだけなんだから」
藍流が俺の頭を撫でる。
「でも…それじゃ」
「奏じゃなきゃだめなんだよ」
俺がまだ食い下がろうとすると、藍流が言葉を遮る。
「俺も藍流も、奏の気持ちにしか応えたくない。それはだめ?」
流風が聞く。
俺は嬉しいけど、それでいいんだろうか。
「奏の、みんなに優しいところ好きだけど、俺達は奏が傷付くのがなにより嫌だから、もっと自分本位になって自分の事中心に考えて欲しい」
「……もうすごい自分本位だよ…ふたりに嫌われたらどうしよう…」
流風の言葉に、ちょっとぐずぐずしながら答えるとふたりが抱き締めてくれる。
ほっとするにおい。
「俺達に嫌われたくないんだ?」
「うん」
「そんなに俺達が好きなんだ?」
「うん」
藍流と流風が順番に聞くので頷くと、抱き締める腕の力がぎゅうっと強くなった。
「「可愛いなぁ、もう…」」
ふたりの言葉が重なる。
「もっともっと自分本位になっていいんだよ。今じゃ全然足りない。嫌いになんて絶対ならないから」
「やだ…」
「そういうとこ、ほんとに可愛過ぎて困る…」
藍流も流風も俺にキスをたくさんくれる。
「あ」
流風が突然なにかを思い出したように声を上げた。
「藍流…」
「あ」
流風が藍流を見ると、藍流もやっぱり、『忘れてた』って顔をする。
「奏、ちょっと待ってて」
流風がそう言って俺を部屋に残してふたりでいなくなってしまう。
「…?」
なんだろう。
と思っていたら戻って来た。
「わ、すごい」
流風が持っているトレーには、チョコでコーティングされたいちごが並んでいる。
「俺と藍流から、奏に」
トレーをテーブルに置いて、ふたりは俺に向き合うように座る。
チョコを指で抓んで、まず藍流が俺の口元に差し出す。
「はい、奏」
「あ…おいしい!」
思わず笑顔になっちゃうくらいおいしい。
次に流風が俺の口元にチョコを運ぶ。
「次は俺」
「おいしい…」
すごくすごくおいしい。
藍流と流風の愛情がいっぱいで、それが更においしさを際立たせる。
「ごめんね…俺、買ったチョコで…。俺も作ればよかった…」
ちょっと後悔。
でも。
「買ったチョコってだめなの?」
ふたりとも不思議そうにしてる。
「だって…」
「奏が俺達の事を考えながらたくさん悩んで選んでくれたチョコだよ? すごい価値があると思わない?」
「奏の気持ちがいっぱいこもっているんだから買ったチョコがだめなんて事、絶対ないよ」
ふたりの言葉に、なんか…目からうろこってこういう事を言うのかなって思った。
買ったチョコより手作りチョコのほうが上って思っちゃった自分が恥ずかしい。
「そうだ。奏もチョコ食べさせて?」
「あ、うん」
藍流と流風が自分の通学バッグから、朝俺があげたチョコを取り出す。
ふたりはすごく幸せそうにラッピングを解き、箱を開ける。
「あ、ちょっと溶けちゃってる…」
「ほんとだ」
藍流が残念そうに言うと、流風も少し眉を下げる。
教室の暖房で溶けちゃったんだ。
「貸して」
流風の持っている箱を手に取る。
さっき藍流が先に食べさせてくれたから、今度は流風から。
少し溶けているチョコを指で抓んで流風の口元に運ぶ。
「はい」
「ありがとう」
流風がチョコを食べて、それから俺の指についたチョコを舐める。
「っ…」
「おいしい」
顔が熱くなってくる。
「俺もお願い」
「…うん」
藍流の差し出す箱を受け取り、チョコをひとつ抓んで藍流に食べさせてあげる。
藍流もチョコを食べて、やっぱり俺の指を舐める。
そのまま指から手のひら、指の間と舌が這っていき、それだけなのに俺は息が乱れ始めてしまう。
そんな俺の様子を見ていた流風が、俺の左手を取り、指先を口に含む。
「っぁ…チョコ、持ってないから…ぁ、食べないで…」
「そう? 甘くておいしいよ」
流風も舌を滑らせる。
ふたりの舌の動きにゾクゾクして腰が疼く。
両手の先に与えられる刺激に抑えられない声が漏れて身体が震えてしまう。
先への期待に胸が高鳴ってるのなんて、きっとふたりはお見通し。
「もっと甘いの、食べたいな」
藍流が手をのばして俺のネクタイを緩める。
手から首へとふたりの舌が移動する。
「あ…あ、っだめ…」
「おいしい」
「チョコよりずっと甘い」
藍流と流風の囁きが鼓膜に響く。
ちゅっ、ちゅっ、とリップ音をたててキスが降ってきて、その度に俺は身体が跳ねる。
「脱がないとぐちゃぐちゃになっちゃうね」
「脱がせてあげる」
流風と藍流が制服を脱がせてくれる。
流風の言う通り、下着は溢れた蜜で染みができていて、昂って張り詰めたものにふたりは笑みを深くする。
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