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ふたり占め#4 ①
教科書と授業ノート、授業で配られたプリントを順番に捲る。
浅羽 奏 、十五歳。
学年末テストに向けて勉強中。
「奏、わからないところがあったら聞いてね」
「俺で教えられるところなら俺でもいいよ」
…藍流 と流風 と一緒に。
「うん、ありがとう。でもふたりだってテスト受けるんだから自分を優先して?」
「優しい奏…」
「大好き」
藍流も流風も感動しているけど、俺が特別優しいんじゃなくてテスト前には当然の言葉だと思う。
テスト勉強をそろそろ始めたほうがいいんじゃないかって時に三人で話し合った。
俺が矢橋 家にお邪魔するのを休むか否か。
俺はやっぱりふたりの勉強の邪魔をしたくないし、俺と付き合い始めたから藍流と流風の成績が下がったなんて事になったら申し訳なさ過ぎて誰にも顔向けできなくなるから、テスト前の準備期間からテスト終了までは矢橋家にお邪魔するのはやめたいと言った。
…んだけど。
ふたりは『そんなのやだ!!』って…俺だって嫌だけど。
『学校で会えるからテストの時だけは我慢しよう?』って、生まれて初めて狙って可愛らしく言ってみたら、ふたりは一瞬言葉を詰まらせたあと真っ赤になって『そんな抱き締めたくなる可愛さで言っても聞こえない!!』って駄々こね始めた。
そうなると俺も弱くて、『一緒に勉強するだけなら…』って言ってしまった。
「藍流、この問題教えてくれる? 何度やっても答えが合わない」
「これはね…」
俺が聞くと、藍流が解き方を教えてくれる。
傾向の似た問題もさらさらっと作ってくれて、少し悩みながらだけど教えてもらった通りにしたらちゃんと解けたのでよかった。
俺が満足していたら、藍流と流風が順番にキスをくれる。
「…だめだよ」
そう言いながらも瞼を下ろしてしまう。
「ご褒美は大切だよ?」
「じゃあなんで流風まで?」
「独り占めはしないって約束だから」
確かに、『ふたり占めする』って言ってたっけ。
優しいキスに心が蕩けて、それからまた勉強に戻る。
三人でいるのに勉強してるだけなのが新鮮で、同時に冷たい風がすーすー俺の周りを通り抜ける。
この部屋に三人でいる時はいつも抱き合ってくっついているから、そうじゃないのに慣れない。
藍流と流風の肌の温もりが恋しい。
……俺が一番煩悩にまみれてるんじゃないか。
教科書を捲るふりをしてふたりの様子を盗み見る。
真剣な顔…かっこいい。
藍流はもちろん、流風の席も近くないので授業中の姿は見られないから、こうやって勉強してるところを見られるのは幸せかも。
でも…。
そっとふたりの頬にキスをする。
「奏?」
「どうしたの?」
びっくりしながらも嬉しそうにこちらを見る。
「……ふたりも頑張ってるから、ご褒美」
なんでもいいから理由をつけてキスしたかっただけなんだけど。
だって、こんなにそばにいるのに触れる事ができないなんてやっぱり寂しい。
キスしたって勉強を疎かにしなければいいんだし、ちょっとくらい…だめ、かな。
「ありがとう」
「もっと頑張るから、またご褒美ちょうだいね」
「うん」
俺だけが寂しいんじゃないといいな。
◇◆◇◆◇
「送ってくれてありがとう。気を付けて帰ってね」
「うん、ありがとう」
「じゃあまた明日」
奏が家に入って行くのを見届けてから藍流と流風は浅羽家の前を離れる。
駅を挟んで反対側でそれほど距離がないとは言え、奏になにかあったら大変だからふたりは必ず奏を自宅まで送って行く。
「…何日経った?」
「三日も経った…」
藍流の問いに流風が答える。
どちらも声に力が入っていない。
「三日間、キスだけ?」
「キスだけ」
「「………」」
ふたりで顔を見合わせる。
「まだ準備期間だね」
「テスト期間始まってもいないね」
大きな溜め息が重なる。
「でも、俺達が手を出して奏の成績が下がっちゃったりしたら大変だから我慢しないと」
「そうだね…でも辛いね」
藍流も流風も必死で理性を保とうとする。
ふたりでもう一度溜め息。
「…奏からのご褒美のキス、可愛くて嬉しかった」
「うん。奏の唇、柔らかくてふわふわだよね」
「「………」」
顔を見合わせて。
「「我慢!!!」」
まだ準備期間が始まったばかり。
◇◆◇◆◇
「なんだか奏が毎日家にいるの不思議だわ」
「え?」
お風呂から出て部屋に戻ろうとしたらお母さんが俺を見て呟く。
「藍流くんと流風くんのとこ泊まってばっかりでしょ」
「…うん」
「いっそお嫁にいっちゃえば?」
「……」
お母さんは冗談なんだろうけど、俺はなんて返したらいいのかわからず黙ってしまう。
「学校でみんな…特に藍流くんと流風くんに仲良くしてもらってるみたいで安心してるって事だよ」
お父さんが言う。
「うん…」
「くれぐれも矢橋さんに迷惑かけたりしないようにね」
「わかってる。…おやすみ」
階段を上がって自室に入る。
ベッドに座ってスマホを確認すると藍流と流風から『おやすみ』のメッセージがきている。
「寂しいなー…」
そのままベッドに転がってメッセージ画面を眺める。
ふたりの温もりに触れたい。
俺、こんなに寂しがりやだったっけ。
溜め息をひとつ吐きながらふたりに『おやすみ』と返す。
「……」
もう一度、ととととと…、と指を動かす。
『大好き』
『寂しい』、なんて送れない。
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