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ふたり占め#7 ①

「俺達の誕生日プレゼント、デートがいい」 登校日の帰り、いつものように三人で電車に揺られながら藍流(あいる)の赤ネクタイと流風(るか)の紺ネクタイをぼんやり見ていたら、突然そんな声が降ってきた。 藍流の声だ。 今日は藍流が入学式での在校生代表の挨拶の内容を先生に確認してもらっているのを待っていたから、ちょっとゆっくり。 「…?」 顔を上げると、藍流と流風が俺をじっと見ている。 「だめ?」 流風に聞かれて今言われた事を頭の中で繰り返す。 「えっと…デート? いいけど」 ふたりがそれがいいって言うなら俺は全然構わない。 それにデートも楽しいから好き。 「ぼんやりしてたけど、どうかした?」 「え?」 「なにか考え事?」 「あ、ううん。ネクタイ見てた」 流風と藍流が心配そうに聞く。 そういうんじゃないから正直に答える。 ふたりとも結び目が綺麗だなーって、それだけなんだけど。 そしたら藍流が身体を少し屈めて俺の耳元に顔を寄せる。 「…また縛ってあげようか?」 「!!!」 違う、そういうんじゃない!! それなのに、前に意地悪されて縛られたのを思い出して顔が熱くなってくる。 「(かなた)は素直で可愛い」 「……」 「ほんと可愛いなぁ」 藍流も流風もよしよしって俺の頭を撫でる。 でも変な事思い出しちゃったから、あんまり触られるとちょっとなんか…おかしな気持ちになってしまう。 やり返したいけど電車の中ではなにもできないし、電車の中じゃなくても俺が藍流と流風に敵うはずない。 まあ、それでいいんだけど。 電車が〇×駅に着いたので降りて改札を出て矢橋(やはし)家のある西口に向かおうとしたら。 「奏?」 名前を呼ばれて振り返ると俺の母親が立っている。 「お母さん…どうしたの、そんなおしゃれして」 「うん。〇△駅に友達が来てるって言うから一緒にご飯食べてくる。お父さんにメッセージ送って聞いたらいいよって言ってくれたし」 「そう…」 お友達とご飯。 じゃあ家には誰もいないんだ。 「こんにちは、美琴おばさん」 「お久しぶりです」 「こんにちは。藍流くん、流風くん。奏も矢橋さんのお宅に行くところだった?」 「うん」 いつも通りそのつもりだった。 お母さんもそれを咎めたりしない。 「たまにはうちに来てもらったら? 誰もいないし。藍流くんと流風くんがよければだけど」 「いいんですか?」 「もちろん」 「ぜひお邪魔させてください」 「……」 藍流も流風もすごく嬉しそうにしてる。 別にいいんだけど、でもちょっと緊張するな…。 お母さんはひらひらと手を振って改札を通って行く。 「ゆっくりしていっていいからね。私もお父さんも遅く帰るようにするから」 「は?」 「なんなら泊まっていってもいいからねー」 なんか……え? 三人でお母さんの背中を見送ってから行き先を東口に変えて俺の家に向かう。 藍流も流風も足取りが弾んでいるように見えるのは絶対気のせいじゃない。 だって鼻歌でも歌い出しそうなほど嬉しそうな顔してる。 「そんなに嬉しい?」 「「うん」」 「……」 俺が矢橋家に行くのが嬉しいんだから、ふたりも俺の家に来るのは嬉しいか。 普段うちは母親がいたりいなかったりがはっきりしないから、俺が矢橋家に行くばっかりで俺の部屋に藍流と流風が来る事ってあんまりない。 だから余計に嬉しいんだろう。 俺の部屋に入ってふたりはまず深呼吸をした。 「やめてよ…」 「だって奏の部屋!」 「奏のにおい!」 「……」 藍流も流風もヘンタイみたい。 それから俺の机に分けて置いてある二冊のノートと文具二セットずつに嬉しそうにしてる。 隠す暇もない…恥ずかしい。 「ほんとに俺と流風があげたの、分けてくれてるんだ…」 「嬉しい」 「…うん」 また顔が熱くなってきた。 お茶を取りに行こうかと思ったけど、ふたりにいらないよって言われてしまったのでいつものように三人で並んで座る。 場所が変わっただけなのに、不思議な感じ。 「……?」 なんか静か? 藍流と流風を見ると固まってる。 なんで? 「どうしたの?」 「…緊張しちゃって」 「俺も…」 藍流も流風もなんだか顔の位置が高いなって思ったら正座してる。 「なんで正座?」 「…部屋中奏のにおいでいっぱいで、なんか…」 「どきどきじゃ済まないって言うか…」 「??」 よくわからないけど、うちじゃないほうがよかったかな。 「今からでも藍流と流風の家に行こうか? 疲れるでしょ」 「「だめ!!」」 「!?」 怖い。 「奏の部屋なんだから…せっかく奏の部屋に来たんだから!」 「藍流の部屋なんてだめ! ここから動かない!」 「…ふたりがいいならいいけど」 とりあえず俺まで緊張するから正座はやめてもらう。 お母さんは泊まっていってもいいって言ってたけど、この感じじゃ無理かな。 俺の部屋で三人でいられたらすごく嬉しかったのに。 「どうしたの、奏?」 「なにか不満そう」 流風と藍流が両側から俺の顔を覗き込む。 そんなに不満そうにしてたかな。 ちょっと顔に出てたくらいだと思うんだけど…そういうの全部わかっちゃうんだよな、ふたりには。 「…泊まっていって欲しかったけど、緊張するなら無理かなって思って」 「え、泊まらせてもらうよ?」 「うん。帰るわけないじゃん」 「そうなの?」 藍流も流風も、なに言ってるの?って顔して俺を見る。 急に心が浮上してきた。 嬉しい。 「今度はにやにやしてる。可愛い」 「…してないよ」 「そう?」 「うん」 藍流も流風も目ざとい。 もっと表情引き締めないと。 あれ、三人でいる時っていつもなにしてたっけ。 勉強したり、ご飯食べたり……。 顔が急に熱くなってきた。 「なに思い出してるの?」 藍流に頬をなぞられた。 「…やめて」 流風も同じように俺の頬に触れる。 「真っ赤」 「……」 いつもしてる事ってそういうコトって思ったら…なんか顔が熱くなったから。 これじゃひとりで期待してるみたい。 期待なんてしてないし。 …いや、全然してないわけじゃないけど。 ぐるぐる考えていたら、両隣からきゅるるるる…と聞こえてきた。 「お腹空いた」 「俺も」 藍流と流風のお腹の音だ…可愛い。 微笑ましく思ってたら俺のお腹も遅れて鳴った。 お昼まだだもんな。 「なにか作って食べようか」 少しゆっくりな昼食の時間。

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