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ふたり占め#8 ③

◇◆◇◆◇ ホワイトデー当日。 登校日ではないので、お昼過ぎくらいには矢橋(やはし)家にお邪魔したいなと思って藍流と流風に聞いたら、『十五時前に奏のおうちに迎えに行くから待ってて』と言われた。 それまでふたりに渡すプレゼントを絶対忘れないように何度も確認する。 今日のために用意したんだから。 なんだかそわそわする。 なにをしたらいいのかわからなくて部屋の中をうろうろしてしまう。 まだ十三時。 うーん、なんでこういう時って時間の流れが遅いんだろう…不思議。 部屋の中を何周しても時間が全然経たないのでちょっと散歩に行こうかなと思ったけど、藍流と流風に無許可で出かけると心配をかけてしまうので昼寝をする事にした。 昨日は楽しみであまり眠れなかったからすぐにうとうとし始め、あっという間に夢の世界に吸い込まれていった…。 …………… ………… ……… …… … 「……?」 頬を触られてる…? 瞼を上げると藍流と流風が俺の頬に触れながら顔をじっと見てる。 一瞬『藍流の部屋かな?』って思って、でもよく見たら俺の部屋だから『あれ?』ってなった。 「…?」 「あ、起きた」 「おはよう」 「おはよう…?」 藍流も流風も爽やかな笑顔だけど朝…? ぼんやりする頭で考えて思い出す。 ふたりを待っていて昼寝をしたんだった。 時計を見ると十五時三十分! 「わ、ごめん!」 「大丈夫だよ」 慌てて飛び起きようとしたら流風が止める。 「…奏、疲れてる?」 「え?」 「俺達、奏に無理させてる?」 「??」 なんの話だろう。 藍流と流風が真剣な顔をするけど、全然話の意図が掴めない。 無理ってなにが? 「いつも俺達、奏がすごく可愛くていっぱい求めちゃって、もしかして身体辛いかなって思って…」 「? ううん、平気」 なにを急に言い出すんだろう。 流風が申し訳なさそうな顔をして言うけど、その意味がやっぱりわからない。 「ほんとに?」 「うん」 「でもすごくよく寝てたよ」 「だって昨日の夜、今日が楽しみ過ぎて眠れなかったから」 素直に答えると藍流と流風はきょとんとして同じ方向に首を傾げる。 「「楽しみ?」」 わ、可愛い。 こういう小動物いそう。 昨日の夜は本当にわくわくして、恥ずかしいけど遠足前の子どもみたいな状態だった。 だってネットで買った金平糖が実物は画像よりずっと可愛くて、早くふたりに渡したくて届いた時からうずうずしてたのが、昨日は『ついに明日!』になってわくわくMAXだった。 …俺の気持ち、早く受け取って欲しくて今日が待ち遠しかった。 「うん。俺の気持ちを早くふたりに受け取ってもらいたくて…」 うわぁ、口に出したらすっごい恥ずかしい! 顔が熱くなってきた…。 ぽっぽする顔を手で隠す。 「気持ち…」 藍流が呟いたあと、ふたりはちょっと考えて。 …もしかしたら金平糖を贈る意味を思い出したのかもしれない。 「奏、すぐうち行こう」 「さあ行こう」 「えっ!?」 藍流が右手、流風が左手を取って身体を起こされる。 さっきまでの心配顔から一転、今度はわくわく顔になる。 「待って、荷物持つから…!」 「そうだね、奏の大事な“気持ち”を忘れたら大変」 流風、強調しないで! 顔がまた熱くなる。 俺は荷物を持って、ちゃんと中身を確認してから三人で家を出て矢橋家に向かった。 ◇◆◇◆◇ 「奏、お腹空いてる?」 藍流に聞かれて、きゅるる…とお腹が鳴った。 お昼食べたのに。 なんだか音で返事したみたいですごく恥ずかしい。 「奏はほんとに可愛いなぁ。ちょっと待ってて」 流風がそう言って藍流と一緒に部屋を出て行ってしまう。 なんかデジャヴ? 前にもこんな事なかったっけ。 少ししてふたりが戻ってきた。 トレーに紅茶とバウムクーヘンがのっている。 「おいしそう…」 「俺と流風からのお返し」 「お返し…」 バウムクーヘンってどんな意味だっけ? 「奏に教えてもらって藍流とふたりでなにを贈ろうか色々悩んだんだけど、やっぱり奏にはいつまでも幸せでいて欲しいからバウムクーヘンがいいかなって思って」 「ありがとう、嬉しい」 俺もバッグからふたりへのプレゼントを出す。 「これは、俺から藍流と流風への気持ちです」 「「気持ち…」」 ふたりは俺を抱き締めようとした腕をぐっと止めて紅茶とバウムクーヘンを勧める。 「食べて? おいしいって母さんが教えてくれたお店のだから、すごくおいしいと思う」 「うん。これを流風と買いに行ってたから迎えに行くのゆっくりでってお願いしたんだ」 「そうなんだ…。じゃあ、いただきます」 一口食べると。 「わ、おいしい…!」 思わず言葉に出てしまうくらいおいしい。 甘さがすごく上品。 これだけでも幸せになれる。 でも。 「ふふふ」 「なに?」 「どうしたの?」 藍流と流風が俺の謎な笑いに不思議そうにしてる。 そりゃそうだ。 「だってもう幸せがいっぱいだから」 「そんなにおいしい?」 「よかった」 流風と藍流が喜んでるけど、そうじゃない。 「藍流と流風がいるから、すごくおいしくて、ものすごーく幸せなんだよ」 こんなに幸せでいいのかな。 …いいんだろうな。 だってこの幸せは、ふたりが俺を幸せにしようって頑張ってくれた結果あるものだから。 「…うう…」 「奏!?」 「どうしたの!?」 急に涙がこみ上げてきた。 藍流と流風は当然びっくりして慌ててる。 ぼろぼろ落ちる涙で、せっかくのバウムクーヘンの味がわからなくなってしまう。 でも俺は泣きながら食べる。 だって幸せだし嬉しい。 「…大好き…藍流も流風も、大好き…うっく…」 困った顔をしているふたりと泣いている俺でバウムクーヘンを食べる。 なんだかおかしなお茶の時間になってしまったけれど、俺はものすごく幸せでどうしようもなかった。 ふたりに出逢えた事を心の底から感謝した。

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