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ふたり占め#10 ①
インターホンを押してカメラに映らないところに隠れて待つ。
『はい』
スピーカーから声が聞こえる。
スピーカー越しだと藍流 か流風 かどっちかわからない。
「浅羽 です」
名乗ってカメラに映る場所に立つ。
『奏 !?』
ばたばたと音が聞こえてドアが開いて流風が出てきた。
「どうしたの!?」
「ふたりに急に会いたくなったから」
「言ってくれたら迎えに行くのに…」
「いいの」
今日はこういう反応が見たかった。
だから大満足。
「とにかく上がって」
「お邪魔します」
今はちょっと特別な時だからいつも以上に気分が弾む。
ご機嫌で矢橋 家に上がった。
◇◆◇◆◇
「奏!?」
流風と一緒に藍流の部屋に行くと、藍流も流風と同じ反応をした。
満足満足。
「ひとりで歩いて誘拐されそうにならなかった?」
「ならないよ」
おいでおいでとされて藍流と流風の膝に座ってマグボトルに入れてきたお茶を飲む。
「マグボトル、使ってくれてるんだ?」
「嬉しい」
「うん、ありがとう。すごく気に入ってる」
藍流も流風も嬉しそう。
ふたりがにこにこしてると俺も嬉しい。
「で、急にどうしたの?」
「俺と藍流に急に会いたくなったんだって」
藍流の問いに流風が答える。
俺は頷く。
そしてその理由を言おうとしたらそれより早くキスで唇を塞がれた。
「ん…まって」
「だって奏が可愛い事するから」
「我慢なんてできない」
「ぁ…」
流風も藍流もキスが甘くて俺は蕩けてしまう。
でもちゃんと理由を話したい。
ふたりの唇を手で覆う。
「実はちゃんと理由があるの」
「「…なに?」」
ちょっと悲しそうな顔も可愛い。
「今は特別なんだよ?」
「なんで?」
藍流が聞く。
「俺は十六歳になりました」
「「うん」」
「藍流と流風はまだ誕生日がきていません」
「「うん」」
ここまで言ってもふたりともまだ『?』って顔をしてる。
「一週間だけ藍流と流風と俺が同い年なんだよ!」
「「!!」」
俺がこの事に気付いたのは昨日の夜。
嬉しくて嬉しくてすぐにふたりに会いたくなった。
でもさすがに夜中に会いに行くわけにはいかないので我慢した。
「ね、すごいでしょ?」
「「……」」
「…あれ?」
すごくなかった?
ふたりともなにも言ってくれない。
もっと『そうだね!』とか『すごい!』とか言ってくれると思ったのに。
藍流と流風と俺は約一年誕生日が違って、しかも誕生日が近いからこの一週間は俺にとってすごく特別なんだけどな。
こんな事で喜んでて子どもみたいって思ったかな…。
「…奏が可愛過ぎる…」
「どうしよう、頭から丸ごと食べたい…」
「……」
そうでもなかった。
藍流も流風もいつも通りだ。
俺をぎゅうぎゅう抱き締める。
今日は本当に容赦なく抱き締めてくる…苦しいかも。
「ああ可愛い!」
「どうして奏はそんなに可愛いの!?」
どうやら本気で感動している様子。
確かにすごいとは思ったけど、そこまで感動されるほどの事を言ったつもりではないのに。
「じゃあ特別な時には特別な事しないとね?」
「なにがしたい?」
流風と藍流に聞かれるけど、特別な事ってなんだ。
考えてみるけどわからない。
「藍流と流風に会うのが特別な事だから他は思いつかない」
「「!!」」
「う…」
またぎゅうぎゅうと…。
「じゃ、じゃあ三人でパン食べよう?」
「「パン?」」
「来る途中で新しくできたパン屋さんを見つけたからおいしそうなパン買ってきたんだ」
パン屋さんの袋を出すとふたりが顔を見合わせる。
「…それよりもっとおいしいものが食べたいな」
「うん。俺も」
「はい。これね」
藍流と流風の言う通りにしてたらいつまで経っても食べられないからパンを出してふたりに持たせる。
渋々と言った感じで袋を開けて食べ始めるふたりとわくわくな俺。
「おいしいね。藍流、流風?」
「うん。でも」
「やっぱり」
「パンのほうがおいしいよ」
「「……」」
俺はふたりの言葉を遮る。
だってパンのほうが絶対おいしいし。
「藍流、流風…」
「「なに?」」
最近よく声重なってる。
気が付いているかな。
「パン食べたら膝枕したい」
この前、ふたりに膝枕してもらったから今度は俺がしてあげたい。
膝枕ってすごく落ち着くし安心するから、藍流と流風にもそういう気持ちになってもらいたい。
「…奏の」
「膝枕…」
藍流と流風が急にスピードを上げて食べ始める。
「ふたりがそんなに急いで食べても俺が食べ終わらないよ」
「「……」」
「もう…」
すぐこうなんだから。
可愛いけど。
ふたりは先にパンを食べ終わってそわそわと俺を待つ。
俺が食べ終わってパンの袋を片付け終わったところで『さあ、どうぞ』と言うとふたりがころんと横になった。
「奏の膝枕…」
「やわらかくて気持ちいい…」
「…それってどうなの?」
足に筋肉がついてないって事だよね…。
ちょっと落ち込むと流風が慌てて訂正する。
「そういう意味じゃないんだよ! 気持ちの問題なの!」
「気持ち?」
「そう」
「奏はしっかり男の子の足だよ」
藍流も流風の援護をする。
なんかごまかされてる?
でも気持ちの問題ならそういうものなのか。
藍流と流風の膝枕はしっかりしてたけど。
「重くない?」
「ううん、平気。落ち着く」
流風が聞くので首を横に振る。
好きな人の重みって落ち着くし、俺のほうが安心してるかも。
藍流と流風の髪を撫でるとふたりは気持ちよさそうに目を閉じる。
すごく静かでふたりの心臓の音まで聞こえてきそう。
髪を梳くと黒髪にさらっと指が通る。
そっと額にキスをしてみる。
あんまり悪戯するとよくないけど、キスがしたくなった。
でもふたりの瞼は上がらない。
寝てるのかな。
「ふあ…」
静かな呼吸を聞いていたら俺もあくびが出た。
ちょっと寝ようかな…。
瞼を下ろしたらすぐに眠りの世界に吸い込まれてしまった…。
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