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第8話 1章 出会い

佑三が戻ると、義政は既にいなかった。 「若君様は、御殿におもどりですか?」 「ああそうだ、今日はもうこちらには来られない。お前も休んでいいぞ。明日はおそらく夜更けまで楽しまれるだろうからな。と言って、お前はお相手をしなくてよいぞ。新参者を可愛がられるからな」  ただ頭を下げる佑三に、作之助は更に言う。 「若君様が楽しみにされておるからの、わしも準備をしっかり整えた。お前も楽しみにしていろ」  作之助は言うと、下卑た笑いを浮かべる。 『全く、この下劣さ主従そっくり同じだ』と佑三は嫌悪を感じるが、やはり顔には出さない。だが、作之助の顔を見ていたくなかった。 「それでは、部屋に下がらせていただきます」  部屋と言っても、物置に等しい所だった。ただ身を横たえるのに精一杯の場所だったが、佑三にとって、唯一安心できる場でもあった。  ここで、佑三はごろんと横になり、明日のことを考えた。  戻ってからの、この離れ屋の様子と、あの作之助の態度で明日起こることの、おおよそのことは分かる。  義政が蹂躙した後は、側仕えの者達も加わるのだろう。自分の時もそうだった。  佑三の脳裏に、五年前の悪夢がよみがえる。  忘れようと思っても、決して忘れられない悪夢。  だが、元々自分の場合は、辛い境涯に置かれることは分かっていた。  滅ぼされた家の生き残りなのだからと、覚悟のようなものは子供心にあった。  ただ、その酷い扱いの種類が予想だにしなかっただけだ。  だが、仙千代は違う。人質が無体な扱いを受けることは通常ない。それは、不文律としてある。  だから、受ける衝撃は大きいだろう。己以上だろうと、佑三は思う。  明日仙千代を襲う、きわめて理不尽な扱い。  それを仙千代が受け入れられるのか? 無理だ……受け入れるわけがない。激しく抵抗するだろう。  だがそれは、あの悪魔たちの情欲を誘うだけだ。  おそらく、仙千代が嫌がり、抗えば抗うほど、あいつらは喜ぶだろう。そういうやつらだ。  どうすれば、助けられる?  佑三は、懸命に考える。だが、妙案は何も浮かばなかった。  思い悩んでも、明日起こることは避けられない。それは分かっていたが、仙千代の可憐で可愛らしい顔が脳裏から消えない。  あの清らかな微笑みを、結局自分は、守ってはやれない。ただ見ているしかないのか……。  悔しい……自分の無力さが、あまりにも情けない。  この五年間、何度も己の無力さに涙したが、これほど悔しい思いを持ったのは初めてかもしれない。  松川家を討ちたい、と本気で思った。  しかしいくら下剋上の世と言えど、家を滅ぼされ、このような物置に等しい所で寝起きする自分が、駿河の太守に適う分けはなかった。  それは、蟻が巨象に挑むがごときことだった。  どれだけ考えても自分が出来ることは、仙千代に寄り添ってほんの少しでも、仙千代の苦痛を和らげてやること、それしかなかった。  もしかしたら、仙千代はそれすら受け入れられないほど、深い苦悩に落ちるかもしれない。それは、十分あり得ることだ。  それどころか、自分は、拒絶されるかもしれない。  仙千代の身になって考えれば、それも十分あり得る。その時は、……仕方ないただ見守るだけだ。  佑三は、この日の夜、悶々として結局ほとんど眠ることはできなかった。  旅の疲れもあって、早々に穏やかな眠りについた仙千代とは対照的ではあった。  佑三の、仙千代には、今晩は穏やかな眠りについて欲しいと思う、願いの通りではあったが。  

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