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第26話 4章 義定討死
部屋を出ていった義政と入れ違えで佑三が入ってきた。
義政が去り際に、「女の始末をしとけ!」と言ったことで、佑三は義政が仙千代になにか良くないことを言ったとは察したが、仙千代に質すことはしなった。聞かれることで傷が深まることもあると思うからだった。佑三は、いつも通り淡々と後始末をした。
仙千代は、義政の捨て台詞とも言える言葉に、動揺していた。心を無にしてこの地獄を乗り越えてきた。しかし、さすがに女とまで言われ貶められるのは、胸を衝かれる思いだった。
まさか、父上が自分の元服を願い出たことを、義政があそこまで怒るとは……さすがに思っていなかった。そこまで、己に対する執着が強いとは……この地獄から逃れることはできないのか……。
清和源氏に連なる由緒ある武門の家に生まれた。確かに、弱小ではあるが城持ち大名の嫡男として、日々鍛錬して過ごしてきた。いずれは父の後を継ぎ家を背負って立つ気概も持ってきた。ここに来るまでは……。
しかし、ここに来てからは義政の言う通り、女としての生き方だった。それしか許されなった。剣や弓の鍛錬も許されなった。
日々毎日、この部屋で伽をさせられる。側室の扱いよりも劣る、遊び女の扱いだった。
強いられたことではあるが、あまりに自分が情けなかった。
佑三に体を洗ってもらいながら、仙千代は、体を震わせて懸命に涙を堪えた。
佑三に縋り付いて泣きたいと思ったが、今の仙千代にはできなかった。
仙千代の体を清めてやりながら、佑三にも仙千代の悲しみが伝わってくる。
佑三自身も泣きたい思いだった。何もしてやれない、八方ふさがりの状態に絶望する思い。このまま耐えて光明の差す時が来るのか……分からない。
全く先の見通しは立たない。しかし、今は耐えるしかなかった。
尾張の大名、津田朝頼。
父の突然の病死により、十八の若さで津田家の家督を継いだ。しかし、うつけものという彼の評判は、朝頼の家督相続を良しとしなかった。
妾腹の兄、続いて同腹の弟が朝頼の家督相続に意を唱えた。己の方がふさわしいというわけだった。
妾腹の兄には、同調する勢力は少なかったが、同じ正室腹の弟を推す勢力は大きかった。むしろ、己に味方する者より多いと言えた。
弟は、粗野な朝頼と違って、折り目正しい貴公子然とした男だった。何より、母が弟を推したことが大きかった。
それを朝頼は、根気よく粘り強く、一つ一つを抑えて、漸く津田の家督を正式に己のものとした。
それでも、まだ尾張一国を従えたわけではなかった。立ちはだかる、同族の津田家。
亡き父の奮闘で今はこちらが大きくなっていたが、元々は先方が本家で、こちらは分家。しかも、家督相続に掛かる戦で疲弊していた。そこを衝かれたと言ってもよかった。
本家の津田家にしてみれば、長年の立場を逆にされた屈辱を覆す絶好の機会だった。
圧倒的に分は悪かった。しかし、朝頼は己を奮い立たせて、立ち向かった。逆境にこそ燃える気性こそ朝頼の本分だった。
そうして何とか恭順させて、漸く尾張一国を統一したのが先年だった。
ほっとしたのもつかの間、そこへ届いた松川義定上洛の報。時を置かずしてやって来た逆境だった。
松川は恭順を求めてきた。速やかに、太守上洛への道を明け渡せと言うことだ。
松川としては当然の要求だろう。しかし、津田朝頼にとっては、承服出来ることではなかった。尾張は我のものという自負がある。
ここまで来るのにどれだけの犠牲を払ってきたことか。
同腹の弟を斬ったのも、家督相続への遺恨を残さないためだった。断腸の思いで斬ったのだ。
また、尾張統一の過程でも、何人もの身内や、家臣が犠牲になった。彼らのためにもこの尾張は守らねばならない。それが己の責務だ。
おとなしく都へ上っていく、松川の軍団を見送れって! 冗談じゃない。そもそも都への上洛は己の目指すところ。先を越されるわけにはいかない。
それが朝頼の強い思いだった。
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