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第28話 4章 義定討死

 朝頼は、正室お香の方の膝枕で昼寝をしていた。いや、目は閉じていたが、眠ってはいなかった。  表にいると重臣達がうるさいからと、奥に逃げてきたのだった。  策はあった。これしかないという策が。  綿密に練ってきた。  そして、これは表で重臣達に明かすわけにはいかなかった。密かに、己の手足のごとく動く者を使って、巡らせてきた策だった。  表で明かせば、どこで松川に漏れるか分からない。漏れては終わりなのだ。密かに進めねばならない。  幸いうつけを装うのは、我の得意とするところじゃ。  まぁ、さすがに昔ほどには馬鹿はせぬが、ここでおとなしゅう昼寝でもしておるか。  お香の方は、夫の気質をよく理解していた。  彼女は隣国の美濃から嫁いできた。彼女の父は、一代で美濃の国主にまで成り上がった。その一人娘として、父親の気質を継いでいた。父が女にしておくのはもったいないと言った、優れた性質をもっていた。  しかしお香の方は、嫁いで此の方出しゃばることはなかった。夫がそれを嫌うと理解していたからだ。  常に奥で夫を支えた。朝頼もそんな正室を、言葉には出さないが大切に扱っていた。  尾張統一に身を削っている時から、熟考するときはお香の方の膝枕が定位置になっていた。  そんな夫を、お香の方は、可愛いと思いながら此度はどうされるのやら……と考える。  彼女が思うのに松川義定の上洛は、自分が津田に嫁いできてからの、最大の試練と思えた。  確かに、家督相続や、尾張統一による戦いも熾烈ではあったが、家の存続がかかっているという意味では最大の驚異だ。つまり朝頼だけでなく、津田の家全体の存続に繋がる。  『さて、殿はどのように解決なさるのじゃ』少し面白がる風に、お香の方は、心の中で独り言ちた。 「とっ、殿!」  火急の知らせが入った。聞くなり朝頼はがばっと起き上がり、表情厳しく足早に出ていった。つい今までのんきに昼寝していた人とは思えない変貌ぶりだった。 「ようやく、殿が動きなさる……」  お香の方も威儀を正し、小さく呟くように言った。 「出陣じゃ! 急げ!」  津田朝頼は小姓に甲冑を身につけさせながら、大音声で発する。 「よいか、向かうは田楽狭間だ! 遅れるでないぞ!」  やはり大声で言いながら、一人馬に飛び乗り駆けて行く。  大将一人単騎で行かせるわけにはいかない。家臣たちは大慌てで後を追って行った。  

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