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第60話 9章 久世長澄
久世は、床に頭を付け、平伏したまま朝頼の返答を待った。
勝算はあったが、いざ朝頼の前でこうしていると、緊張に身が縮む思いがする。体に、そして握る手に汗が滲む。
津田朝頼の放つ圧は、凄まじいものがある。さすがに天下を目前とした男の圧だった。
「そなたの仕事は四国攻めじゃ。それより大事な務めは無いじゃろ。それを、ないがしろにするのか」
意外と静かに、朝頼が問い掛ける。頭に血がのぼっていない冷静な声だ。
ひとまず、怒りの爆発が起こらなかったことに安堵しつつ、久世は答えた。
「はい! 勿論それがしの本分は四国攻めでございます。久世長澄、全力で当たっております。必ずや年内には、四国の全権、上様にお渡し出来るようにいたします。今、上様の御前で誓わせていただきます!」
久世は、力を込めて言い切った。この威圧感に負けてはいけないという強い思い。
「その言葉に嘘はないな! 虚言で終わった時は、首が飛ぶ覚悟はあるのか!」
「はっ! もとよりその覚悟でございます!」
久世には、常に首を掛けて戦ってきたと言う、強い自負がある。
「そうか、そなたがそこまで言うなら許そう、好きにいたせ! 朝行にはそなたから、書状を送っておけ」
「はっ! 承知つかまつりました! 上様の御恩情、まことにありがたく存じます。今後も、それがし、粉骨砕身上様のために働く覚悟でございます!」
「松寿、久世のあれはなんじゃと思うか? 何故、あそこまで大高城にこだわるのじゃ」
朝頼は、常に傍らに控える、最愛の小姓高畑松寿に問いかける。
許しはしたものの、朝頼には、久世がそこまで大高城にこだわる意図が、全くつかめない。
わからぬものの、許しを与えて害はないとの信頼はあった。その信頼だけで、ひとまず許したともいえる。
確かに、にらみ合いの場合、すぐには兵は動かない。大高城救援に、四国攻めの四分の一の兵を割くことに問題はないだろう。
それにしても、なんじゃ? 聡明で、常に見通し明るい朝頼の頭でも分からない。
「そうでございますね……何か、特別に大高城に思い入れと言うか、もしかして、城主の高階様との間に何かございましたのか……とも思ったのですが……」
「ほうーっなるほど、その視点があるな。あやつは確か、三河の出。大高城からそう遠くはないな。ここへ来るまでに何かあったのか……。そなた、よう気付いたの。さすがは利口者じゃ」
朝頼は、松寿の頬を撫で、その可愛いらしい口に口付ける。最初は啄むように、徐々に深く吸ってやる。
「上様……」
松寿の、頬が紅に染まる。もう何度も抱いているのに、その初心な様子が愛らしく、朝頼は、すぐに押し倒したくなる。そうして、今度は可愛い声で、存分に啼かしてやりたくなる。
だが、強い心で自制した。ここで始めるのは、今は二人きりでも、さすがにないなと思った。
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