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第13話:不毛な恋から愛に出会うまで。

「あっ」 あるラブホテルで橋本 健二郎は名前も知らない男に抱かれていた。 さっきマッチングアプリで知り合ったどこの誰かも分からない男。 身体は繋がっているのに、今夜も心は虚しいだけだった。 健二郎がそんな行動に至ったのは、 ほんの数週間前の事だった。 「俺、結婚するんだ」 健二郎の幼馴染である周防 夏生にそう報告を受けたのは いつも寄る、Bar『アンダー』での事だった。 少し気弱な性格で、でも素直な夏生は小学校の頃から健二郎の幼馴染だった。 いつも健二郎の後を付いてきていた夏生に、健二郎は片思いをしていた。 実るわけない片思いを。 「おめでとう!!」 健二郎は嘘をついた。 本当は人生の終わりだと思うくらいショックを受けていたが、 夏生の前ではそんな気持ちは知られたくない。 明日早いという夏生を先に帰して、健二郎は案の定やけ酒をした。 「健ちゃん、飲み過ぎだわよ」 この店のママであるカツミに肩を揺すられて、ようやく健二郎は目を覚ました。 「んー・・・」 「失恋なんてはじめてじゃないでしょ?」 などと言われるが、 「初めてだよ・・・」 「えぇ?」 カツミが聞き返すと、 「初恋なんだよ!ばかー‼」 大声で泣き叫ぶ。 「ちょっちょと、泣かないでよ」 「うるさぁい! カツミさんのばかぁ‼」 と、わんわん泣き出す健二郎。 数分後、 ようやく泣きやんだ健二郎は、店の中で眠りについた。 カツミはため息を吐いて、子どものような健二郎の寝顔を見つめた。 男同士の恋なんてものほど不毛なものはない。 カツミは中学生時代はひょろひょろでガリ勉だったが、自分を変えるために高校からラグビー部に所属し、卒業後軍人になり海外に行っていた。 やがて今の仕事に落ち着いたが、軍人の中にも同性愛者は多数いた。 よく相談相手になったり、親友になった人の恋の応援をしていた。 少しだけ寝かせてやろうと、 カツミはカウンターで突っ伏して寝ている健二郎を軽々と持ち上げ、 近くの大きなソファに寝かせてやる。 「まったく、しょうがないわね」 と、健二郎の頭を優しく撫でた。 その日以来、 失恋の反動から、健二郎はマッチングアプリでワンナイトの相手を探しては、 ホテルで抱かれる日々を過ごした。 誰と繋がっても、どんなに上手くても、 心が満たされることはなかった。 「はあ・・・」 健二郎は、大きなため息を吐いていつものBarに来ていた。 「愛って、なんだろうな・・・」 「なにそれ、歌の歌詞とか?」 カウンターに突っ伏した健二郎に、カツミは思わず突っ込みを入れた。 「傷心の俺に酷いな」 「うるさいわね。いつまで落ち込んでんのよ。たかが失恋で」 「俺にとっては、たかがじゃないよー」 女々しく泣き言をいう健二郎に、カツミは黙って、生姜焼き定食を出した。 「え・・・」 カウンターから顔を上げて、キョトンとする健二郎。 「俺頼んでないよ」 健二郎が頼んだのは、お茶漬けだった。 しかし、カツミはしっかりとして定食を作ってくれた。 カツミは腕を組んで、 「あんたに必要なのは、ちゃんとしたご飯を食べて、沢山寝て、元気だして生きることよ」 まるで、おかんの様なカツミの優しさに、 「カツミさ〜ん、オカンって読んで良い?」 「ママって呼んで♡」 「呼ばない」 「良いから食え」 そんなやりとりをして、 「おいしい!」 うれしそうに生姜焼き定食を平らげる健二郎を、カツミは微笑ましく見守った。 それ以来毎日カツミのご飯を食べに行き癒やされると、いつのまにかマッチングには手を出さないようになった。 愛とか恋とかそんなの考える事もなく、日々を過ごせるようになった。 そんなある日・・・ 「最近顔色良いわね」 カツミは嬉しそうにハンバーグ定食をたいらげる健二郎を見て、嬉しそうにいった。 ここ最近は毎日定時にあがれるように計画的に仕事をして、カツミの店で美味しい食事を食べ、早く寝る。 「おかげさまで健康的になってきたよ」 と、笑いながら言う健二郎。 そんな彼を見守ってきてカツミはホッとしていた。 失恋した後、マッチングアプリでワンナイトをしていると聞いた時は、正直心配で仕方がなかったが、その悪循環からは脱出出来ているようで良かった。 機嫌の良さそうな健二郎の、スマホが鳴る。 画面を見て、 健二郎の顔に一瞬緊張が走った。 きっと夏生だ。 「もしもし」 電話に出て少しだけ話した後、 健二郎はすぐに帰宅した。 それをカツミは心配した。 健二郎が家に帰ると、夏生がドアの前で蹲っていた。 「夏生?」 健二郎が声かけると、 「健二郎・・・ごめん、急に来て」 顔を上げた夏生はかなりやつれていた。 とりあえず家に入れてやる。 「離婚するかも知れない」 そう言ってソファで頭を抱えた夏生。 夏生は酔っていたようで、とりあえず水を渡してやる。 「もうあいつが何を考えているのか分からないんだ」 「話し合ったのか・・・?」 「・・・話を聞いてくれない」 「でも夫婦だろ?きっと話せばわかり合える・・・」 「ゲイであるお前に何が分かるんだよ‼」 そう叫んで、夏生ははっとして顔を上げた。 「ごめん・・・酷いこと言って」 まるで捨て犬のような夏生の姿に、 健二郎は彼の頭をなでて、 「いいんだそんなの、お前の傷ついた心の方が大事だ」 そういって健二郎は夏生をぎゅっと抱きしめた。 「俺が慰めてあげるよ」 と、健二郎は夏生の口にキスをした。 「ずっと、好きだった。親友のお前を。俺は誰よりもお前を理解しているし大事にするよ」 孤独になった時の心の痛みは、健二郎には痛いほどわかっていた。 1人ではいたくない気持ちも誰でもいいから人の温もりが欲しいことも。 「健二郎・・・」 彼のその言葉に、夏生は健二郎をベッドに押し倒し抱いた。 その日から夏生は健二郎の部屋に居座った。 一緒にご飯を食べて、映画を見たり、ゲームをしたり、楽しい日々を過ごした。学生時代のように。 健二郎は夏生が魘されて起きた時だけ、セックスをした。 そうすると夏生は落ち着いて翌日からまた笑って過ごすことが出来た。 恋人じゃない。 でも、夏生が笑ってくれてば、それで良かった。 そんな日が一週間経過し、 「あんた大丈夫?」 カツミは健二郎を心配していた。 「え・・・」 好きだった人が、自分の家に住んでいて楽しく過ごしているのに、健二郎の表情は曇っていた。 そんな彼をカツミは温かいお茶を出しながら、 「あんたの想いを利用されているように見えるけど」 「・・・・」 健二郎にも本当は分かっている。 夏生は自分じゃなくてもいいってことくらい。 夏生は泊めてもらっているお礼とばかりに健二郎を抱くが、健二郎も嬉しくなかった。 それどころか、気持ちは不安で一杯だった。 なのに夏生を慰める為と自分に言い聞かせて、彼に気を使った。 「いいんだ、夏生が元気になれば」 「今の状況は、どちらも幸せになれないとおもうけど」 カツミはしつこかった。 この先の展開はカツミには読めていた。 健二郎はきっと傷つく。 などと、心配していると、 店に夏生が来た。 神妙な表情をしていた。 「夏生・・・?」 健二郎はカウンターに座ったまま、呆然と彼を見つめる。 気が付くと健二郎の家に置いていた荷物を持っている。 カウンターに合鍵を置き、 「家に帰ることにした」 「え・・・」 顔を背けて呟く夏生の言葉が、 耳に入らない。 震えながらも健二郎はまっすぐに彼を見つめた。彼が何を言うのかを聞くために。 夏生は拳を握りしめ、 「・・・今日、奥さんと話し合った」 他に客はいないため、店はしんとなった。 「やり直す事になった」 「え・・・?」 気の抜けた声を漏らす健二郎。 夏生は言葉を選ぶように、話を続けた。 「・・・健二郎、君はほんとうにいつだって優しかった。小さい頃からいつも僕を見守ってくれていた。君以上の親友はいないと思っている。でも」 カツミにも緊張が走る。 「君を愛せない」 その言葉は、今まで共に過ごした日々の全てをぶち壊した。 「どんなに身体を重ねても、君はしょせん男だ僕はゲイじゃない。普通の男なんだよ」 最初は気を使っていた夏生の言葉が、だんだんと饒舌になる。 「セックスしている時の君がちらついて、もう親友にも戻れない」 その言葉の終わる瞬間に、夏生は顔を殴られて、ソファに吹っ飛んだ。 夏生を殴ったのはカツミだった。 「ふざけんじゃねえよ!」 いつもの女口調ではなく、素の口調でカツミは続ける。 「てめえで嫁の機嫌も取れないくせに、こいつの気持ちを利用して甘えて、最後はポイ捨てかよ!?二度とこいつの前に現れるな!」 かなり強く殴られたのか、夏生は真っ赤な頬を抑えながら、 「ごめん健二郎」 雑に謝って、店を出ていった。 カツミはふうっと息を吐いて、夏生を殴った手を振る。 ふと気になって、黙ったままの健二郎を見ると、 とっさにカウンターに乗り出し、 アイスピックを手に取り、 自分の首目がけて振り下ろす! 「やめなさい!」 ズブッ アイスピックが何かを刺した鈍い音。 健二郎は呆然と店の天井を見つめてる。 気が付くと健二郎はカツミに後ろから取り押さえられていたアイスピックは健二郎の首ではなく、彼を庇って首に回されたカツミの腕に刺さっていた。その傷からは血が滴っていた。 「あ…あ…」 その光景が怖いと感じ、健二郎はその彼の腕から逃れようとジタバタと暴れたが、元軍人の彼の腕力には抗えない。 健二郎は無駄な抵抗をやめて、 彼のたくましい腕の中に体重をかけた。 「健二郎」 カツミは優しく、 健次郎の身体を力一杯抱きしめながら、 「あんな奴の為に、命を粗末にしないで」 心から訴えた。 「あんたはあんな男と縁が切れて、これから愛されて大切にされて、生きるの」 どこまでも優しさしかない、カツミの言葉。 「大丈夫よ、健二郎」 その温かい言葉に、声に、 何度助けられたか。 「うぅあああ!」 健二郎は大粒の涙を流して、 子供のように泣き続けた。 その後カツミの腕の血が止まらない為、救急病院に行き手当をして、店に戻った。 「俺帰るよ」 健二郎は脱力して、店の鍵を開けているカツミにそう告げる。カツミは半眼で、 「馬鹿、さっき死のうとした奴を一人に出来るわけないでしょ」 包帯でぐるぐる巻の左腕を見て、健二郎は落ち込んだ。 「ごめんなさい。傷つけて」 健二郎はカツミの左手をそっと握る。 自分のせいで人を傷付けた。 誰かを愛せる資格はない。 そう思っていると、 カツミはふっと笑い、 「こんな傷程度であんたの命が救えたなら、どうって事ないわ」 「え…」 「今日は泊まっていきなさい」 「でも…」 怪我をさせて申し訳なさで一杯だという顔をする彼を見て、 「いいから」 カツミは彼の腕を掴んで店の中に引っ張った。 「だーいじょうぶよ。襲ったりしないから」 と、彼の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。 「何いってんの」 その優しさに、心がくすぐったくなる。 でも、健二郎にはわかる。 カツミは、誰にでも優しい。 色んな人の痛みを見て、きっと今まで励ましてきた。 彼の周りには沢山の人がいたから。 店の2階にある1室。 この店の開店当初はここに住んでいたが、今は近くのマンションに住んでいて、 時々ここに泊まったりする程度らしい。 大きなキングサイズのベッドがあり、カツミの体格でも余裕があった。 健二郎は風呂を借り、カツミの部屋にある1番小さい服を借りた。にしても大きめなTシャツとスウェットパンツ。 フカフカでいい匂いのするベッドに横たわると、 吸い込まれるように睡魔が襲った。 そういえば、カツミと同じ匂いだ。 カツミはいつもいい匂いがする。 キンモクセイのような香り… カツミが風呂から上がり部屋に入ると、健二郎は深い眠りについていた。 安心して眠る健二郎を愛おしそうに見つめ、 「ほんと、可愛いんだから」 優しく彼の髪を撫でた。 健二郎は夢見心地で、うっすらと目を開けた。 自分の頭を撫でているカツミは、これ以上ないくらいの優しい表情をしていた。 まるで愛しい人を見つめるように。 それが、自分に向けられたものならいいのに・・・ 健二郎は、 「・・・カツミさんって、いつもいい匂いだよね」 「ありがと」 「・・・安心する」 そうつぶやいて、健二郎は再び眠りについた。 カツミは健二郎には、幸せになってほしい。 いつか誰かと結ばれるならそれでもいいとおもってる。 でも、 「・・・ん」 カツミは気持ちよさそうに眠る健二郎の唇に、深くキスをした。 甘く、深く、繋がりたい。 しばらくして、カツミは彼から離れ口を拭いてやる。 「本当は、私が幸せにしてあげたいけど・・・」 でも、 きっと自分を選ぶことはないだろう。 カツミは我に返って、健二郎の反応を見る。 すると、健二郎は嬉しそうに寝ながら笑っている。 それに驚くカツミ。 「・・・ちょっと」 カツミは健二郎の無意識の反応に少しだけ照れて、 健二郎とは反対を向いて眠りにつこうとした。 「・・・・」 少しだけ考えて、 今夜だけ。 今夜だけと自分に言い聞かせて、 カツミは健二郎の方に寝返りをうち、 彼を自分の胸に抱き寄せた。 健二郎もとカツミの胸が心地よさそうに、 ぴったりとくっついて寄り添った。 カツミは健二郎の体温を感じて、 何だか涙が出そうになった。 健二郎のすべてが愛おしい。 宝物を守るように、 カツミは健二郎を抱きしめたまま眠りについた。 翌日、 早朝5時半 「カツミさん、仕事あるから帰るね」 まだ眠っているカツミに呼びかけた。 「ん・・・そう?朝ご飯作ってあげようと思ったのに」 眠そうなカツミは目をこすりながら健二郎を見た。服を着て帰る支度をして、カツミのベッドに腰掛けながらこちらに話しかけている。 その健二郎はもう顔色もよく、眠ったせいで元気を取り戻りたようだ。 「・・・もう大丈夫みたいね」 「うん」 嬉しそうに微笑んだ。 カツミも嬉しくなり、彼の頭を撫でて、 「よかったわね」 これ以上ないくらい優しい顔でそういうもんだから、 健二郎はたまらずカツミの唇を奪う。 「へ?・・・んっ」 軽くどころか口を開けさせて舌を絡ませ、深くキスをしてくる。 まるで昨日カツミが眠っている健二郎にキスをしたように。 やらしい音がしばらく部屋に響く。 というか、気持ち良すぎて身体が反応しそうになる。 やがて健二郎はカツミから口を放し、 「・・・昨日のお返し」 「あんた・・・起きてたの」 カツミは口を拭きながら思わず健二郎から視線をはずした。 明らかに照れている。 「悪かったわよ。勝手なことして」 そういってカツミはそっぽを向く。 そんなカツミを新鮮に見て健二郎は嬉しくなった。 「ふふっ、夜また来るね」 そう言って、健二郎は元気に帰っていった。 彼の帰った後1人部屋に残されて、 「・・・私の、馬鹿」 枕に突っ伏しながら、昨日の自分を激しく呪った。 自分の気持ちは誰にも気づかれてはいけない。 そう思って、他の客と同じように接してきたつもりだった。 でも、 「カツミ隠してるつもりだったの?全然だったよ?」 カツミの店でそうはっきりと意見をしてくれたのは、 高校教師をしているカツミの中学時代の同級生、近藤だった。 紆余曲折して、カツミがとりもち近藤は晴れて教え子と両思いになった過去がある。 それから、時々店に訪れてくれているが、 「カツミは自分では他の客と同じように接していると思っているけどさ、明らかに顔が違うし」 「嘘よ〜、ウソウソ」 『いやいや』 と、周りの従業員まで賛同して、 手をパタパタと振る。 納得いかないという顔をして、 カツミは注文のつまみを作る。 自分は平等に接している。 どんな客でも。 今までそうやって来ていた。 つもりだった。 「こんばんわ」 健二郎が店にやって来た。 「いらっしゃい」 カツミはいつも通りに迎えた。 いつものように注文を聞き、 いつものように食事を作り、 「建ちゃん今日何食べたい?肉?魚?」 「魚かな」 「おっけー」 努めて軽く返事をして。 彼のための食事を用意する。 失敗した。 自分はいつもどおりにしているつもりだが、 昨日とは違って、健二郎が可愛く見えて仕方がない。 いや、もともと可愛いと思っていたけど。 (あんなキスしたから・・・) 1度知ってしまったら、 もう忘れることなんて出来ない。 健二郎がまた誰かに恋して報告してきたら、 自分は笑って応援してあげられるのだろうか? いや、いつかしなくてはいけない日がやってくる。 恋なんてしょせん不毛なのだから。 カツミは自分にそう言い聞かせ、 つとめて元気に振る舞った。 「おまたせ、カレイのアクアパッツァよ」 「わー、いただきます」 嬉しそうに食事を始める健二郎が可愛くて、カツミは頭を抱えた。 (決心がゆらぎそう・・・) そのやりとりを見て、 近藤は半眼になりながら、 「・・・カツミわかりやすいな」 「うるさいわよ、近藤先生」 近藤のよけいな言葉を遮った。 「健二郎くん、新しい恋は見つかった?」 聞いてないふりをして、カツミはその会話にドキッとした。 健二郎はふふっと笑い、 「秘密」 と、一言だけ答えた。 その答えを耳にして、 カツミはついに覚悟した日が来たかと、 気持ちが沈んでいくのを感じた。 (しょせん不毛よね、恋なんて…) 気を取り直して、 平気なふりをしたまま接客を続けた。 数日何事も無くいつもと同じ日々が過ぎた。 いつか健二郎が新しい恋に出会い、 それを報告してきたらお祝いしなきゃと、 思ってはいたし、今更だ。 新しい恋を始めたらな、 きっとそろそろ報告がある。 カツミは処刑台の上にいるような覚悟で、 健二郎からの死刑宣告を待った。 しかし、 数日経っても健二郎は報告をして来なかった。 まるで生殺しのような日々に耐えられずにいた。 「大丈夫?」 近藤にそう問われ、カツミはクマのできた目を彼に向けた。 「何がよ」 カツミはここ最近眠れてなかった。 健二郎の報告がいつ来るのか気にしていたら、眠れなくなってしまった。 全く持ってらしくない。 カツミは考えを改めた。 珍しく動揺しているカツミを見て、 「健二郎くんの事気にしてるの?」 近藤にあっさりと名前を言われ、カツミは内心ドキッとした。 「別に」 「…カツミって、普段誤魔化すの上手いのに、こういう時って下手だよね」 「…うるさい」 図星で何も言えない。 カツミはうつろな目をして、 「ほんと…自分らしくないわ。今度またいつ健二郎から、恋人が出来たって報告されるのかと思うと…ね。今までは何とか平気なふりができたけど、次は無理かも」 小さく近藤にしか聞こえない声で呟いた。 「カツミ…」 近藤はらしくないカツミを心配したが、 「ごめんなさい、忘れて頂戴」 カツミは他の客に呼ばれて、明るく接客をした。 数日後。 今日はいつもより遅くなり、 健二郎は21時くらいにカツミの店を訪れた。 店の中はカツミ一人だった。 「あら、遅かったわね」 「今日は残業で…まだ大丈夫?」 「構わないわよ」 (というか、健二郎の食事はちゃんと別にとってあるし) カツミは手慣れた手付きで、 鉄火丼を用意する。健二郎はいつもと同じように嬉しそうに食べた。 カツミは食後のコーヒーを用意し始める。 食事を終えてコーヒーを飲む健二郎を、 カツミはじっと見つめる。 機嫌の良さそうな健二郎に、 「最近、楽しそうね」 意を決して話を振ってみる事にした。 もう生殺しは耐えられない。 「うん」 返事をする健二郎。 「…好きな人でも出来た?」 そのセリフに、 「出来たよ」 その一言が、 カツミの胸に重くのしかかる。 ついに来た、この日が。 「へえ、どんな奴なの?」 (何聞いてんのよ私) 聞きたくもない。健二郎がどんな奴に、 抱かれてるかなんて、知りたくない。 カウンターで俯きながら、洗い物をしながら耳だけをそば立てる。 「優しくて、皆に好かれてて」 (いい人かよ、そいつ) 内心毒つくカツミ。 「うんうん」 「料理も上手で」 (私の方が上手いわよ) 「それでそれで?」 声色は努めて明るくカツミは相槌を打った。 「死のうとした俺を庇って怪我しても、俺を責めずに、一緒に寝てくれた」 (ん…?) カツミはそこまで聞いて、眉をひそめる。 顔を上げると、 健二郎は照れながら、 カツミを真っ直ぐ見つめてた。 「優しくキスしてくれた」 カツミは健二郎の視線に、 捕らえられた。 「ずっと前から、その優しさに助けられてた事に今更気が付いたんだ」 あんなに甘いキスは、 初めてだった。 心が満たされたのも。 もっとキスしたいと思った事も。 「ちょっと…待って」 カツミはカウンターを挟んで健二郎に待ったをかけた。 「なに?」 「いや、何って…それじゃあんた、まるで私のこと好きみたいじゃない」 冗談っぽく言おうとしてるのに、 声が上ずって上手くできない。 「そうだよ」 そうだよ? それは何に対しての? 冗談なら今のうちに訂正してくれないと、 勘違いしてしまう。 動揺するカツミとは反対に、 健二郎は真っ直ぐカツミを優しく見つめ、 「俺、カツミさんが好きだよ」 嘘を言ってる風には見えない。 健二郎があまりにも、 可愛い顔で言うもんだから。 カツミはカウンターに突っ伏して、顔を手で覆った。 今までの感情とは違う。 抑えていた気持ちが溢れそうだ。 平然と告白してきた健二郎。 今までと違って気持ちがとても落ち着いていた。 揺るがない気持ちってこういうものなんだ。 「好きなんて言葉じゃ足りないくらい、好きなんだ」 カツミは顔を上げた。 嬉しくて、何も言えない。 「・・・冗談だったって言うなら、今よ。じゃないと本気になるわよ」 警告する。 「俺だって本気だよ」 今までと違って揺るがない健二郎。 「カツミさんは?」 「好きに決まってるでしょ」 真っ直ぐに健二郎を見つめる。 その思いはずっと伝わってた。 いつも大切にされていた。 その言葉に健二郎は照れながら笑顔を見せた。 その夜、 カツミは店を閉め店の近くにある自分のマンションに、 初めて健二郎を連れて帰った。 シンプルであまり物がない。 このマンションにも、店の2階と同じく キングサイズのベッドがあった。 部屋中カツミと同じ、金木犀の香りがする。 カツミが先に風呂に入り、 健二郎の風呂上がりを待った。 「おいで」 カツミは風呂上がりのTシャツとボクサーパンツ姿で バスタオルを頭から被っている健二郎をベッドに呼び寄せた。 バスタオルで髪を吹いてやる。 「座って」 ベッドに座る自分の足の間に座れという。すでに上半身裸でパンツ姿のカツミにドキドキしながら、健二郎はちょこんとカツミの前に座る。 カツミはそのままドライヤーで彼の髪を撫でながら乾かしてやる。 髪を撫でられて気持ちよくなる健二郎。 「乾いたわよ」 「ありがとう」 ドライヤーを止めて、髪を乾かし終わる。 カツミの足の間に座ったまま健二郎は無言になった。 カツミも自分の足の間にいる健二郎の後頭部を見つめた。 『・・・』 カツミは後ろから、 そっと健二郎に腕を回して優しく抱きしめた。 健二郎の首も耳も赤くなっていた。 カツミは健二郎の首筋の匂いを嗅いで、 「抱いてもいい?」 健二郎は顔だけカツミの方を向いて、 彼の頬に手を添えて甘咬みするようにキスをした。 「早く」 「あんまり煽らないで」 カツミは甘くキスして、健二郎をゆっくりとベットに押し倒した。 いつも化粧をして派手な服を着ているカツミだが、 スッピンは非常に整っている。 少し外国人の血が混ざっているのだろう。 よく見ると瞳の色もグレイ掛かっていた。 「カツミさんて、綺麗だね」 「そんな事初めて言われたわ」 優しい声色でそう言いながら、 カツミは健二郎のシャツを脱がせて、 その露わになった肌に丁寧にキスしていく。 その度に小さく反応する健二郎。 ただ下半身はもうすでにガチガチだった。 「あんたはいつだって最高に可愛いわ」 そう言って健二郎の乳首にチュッと吸い付いた。 「んっ、あ…」 初めて健二郎のエロい喘ぎ声を聞いて、カツミは嬉しくなる。 もっと聞きたい。 カツミはそのまま彼の乳首を責めながら、 彼のパンツを半分下ろして大事な部分を丸出しにさせ、 最初はゆっくりと竿を優しく握りしめ上下に擦る。 「はっ、気持ちいい…あっ」 健二郎は気持ちよくて、すぐイッてしまい赤くなる。 「出ちゃった…」 カツミは健二郎が出した精液をつけたままの手で、彼の後ろに指を入れていく。 風呂場で自分で準備したようですぐに柔らかくなる。 「可愛い」 愛おしくて、今度は深くキスして、 カツミは健二郎の中に挿入した。 「あっあっ」 そのまま上下に腰を揺り動かし、 悶える健二郎の姿をマジマジと見つめる。 「やっあっ、深いっ」 ずぶずぶと奥まで入れて、激しく揺さぶる。 気持ちよくて健二郎は何度もイく。 「んっ」 吐息混じりの色っぽい声と共に、カツミもイッてしまう。 でも2人共全然萎えない。 まだカツミの硬くて太いモノは健二郎の中に入ったまま。 汗だくで荒い息を吐く健二郎を見つめ、 カツミはまた元気になる。 それに気がついて、健二郎は赤くなる。 でも全然いやじゃなかった。 健二郎は照れながらも、 カツミにキスをして彼を求める。 「まだ全然足りない」 「私も」 2人は笑って、もう一度キスをした。 その後、 「健ちゃん、ごはんつぶついてるわよ♡」 「ありがと」 店でいつものように夕食を食べる健二郎の、 口に付いていたご飯つぶを取ってやりそれを食べるカツミ。 健二郎も見違えるほどニコニコしていた。 「・・・同じ人と思えない」 それをカウンターの席で見ていた近藤は、 デレデレの二人を見て率直な感想をつぶやいた。 その彼に半眼で視線を向けて、 「ちょっと、外野、うるさいわよ」 「まあ、良かったけど」 近藤はふっと笑って、 カツミの作ったノンアルコールカクテルを口に含んだ。 とりあえず2人が幸せそうで何よりだ。 従業員達や他の常連客も2人が仲良くしていて、 それを眺めて良かったと思っていた。 カツミは元々片思いをこじらせていた。健二郎が自分に飽きないようになるべくしつこく求めないようにして、夜だってなるべく彼の睡眠時間を優先した。 閉店後、 週末はいつもカツミの家に泊まっていた。 最近は忙しくて健二郎はよく店でうとうとしていた。 「疲れてるんでしょ?先にうちに行って寝てていいわよ」 「・・・うん」 カツミの気遣いは受け入れていたが、 健二郎が何かを考えていることを彼も何となく感づいていた。 健二郎は先に店を出ていった。 (あの子、何か悩んでるのかしら・・・) 気になったが、後で家で聞こうと思った。 健二郎は合鍵でカツミの部屋に入った。 まだ一緒には住んでいないが、週末はいつもここに来ているためもう慣れたものだった。 ソファに座り一息つく。 確かに疲れて入るが、それよりも健二郎はもっとカツミとイチャイチャしたかった。 もっと求めてほしいし、気が済むまで抱きぶしてほしいと思っていた。 カツミの色っぽい裸体や、すっぴんの綺麗さ、挿入した際の吐息など・・・ 思い出すだけで、健二郎の身体が反応する。 健二郎は勃ってしまっていた。 もっと、カツミが欲しい。 健二郎はソファに寝転がりながら、ズボンを少しだけづり下げ股間を丸出しにして1人で弄った。ソファにカツミのカーディガンが掛けてあり、その匂いを嗅ぐ。 「あっあっ」 カツミの匂いでますます興奮する。 後ろを触りたい。 カツミの太くて硬いモノが欲しい。 これ以上ないくらいめちゃくちゃにシて欲しい。 最中のカツミを思い出しながら、健二郎は自分のシャツを胸の上までめくり上げ、 自分の乳首をもてあそぶ、本当はカツミにいじられたほうが気持ちいい。 「あっん」 カツミが家に帰ってきた時に、ドアの向こうから健二郎の喘ぎ声が聞こえて、すぐさまドアを開けた。 リビングのソファであられもない姿で1人でシている健二郎を見て、 「ちょっと、もう・・・」 見てはいけない様な気持ちになったが、エロい姿の彼をカツミは凝視した。 健二郎は自分で後ろを弄る。 帰ってきているカツミに気がついても、手を止めない。 「カツミ・・・あっ」 カツミはソファに近づいて、トロトロの健二郎にまたがる。 「1人でいじって、いけない子ね」 「だって、カツミが足りない…」 そんな事言うもんだから、 カツミは、頭をわしゃわしゃと掻き、 「こっちはあんたの為に我慢してるってのに無邪気な事言うんじゃないわよ」 「何で我慢?」 「あんたの方が負担大きいんだから、考えるでしょ」 カツミはいやらしい姿の健二郎を上から下まで舐め回す様に凝視して、 「それに飽きられたくないし」 呟きながら、健二郎に軽くキスする。 キスされて気持ちよさそうな健二郎は、 「飽きないよ」 カツミの顔を手でそっと撫で、 「今までの恋とは全然違う。恋なんて軽いもんじゃない」 チュッとキスして、 「むしろ愛してる。きっと一生」 その深い一言に、 カツミの目頭が熱くなる。 「私も」 恋なんて不毛だって思ってだけど、 これはもっと深い愛だ。 カツミは乱れまくった健二郎をそのままベッドまで運んで、 頭の先から爪先まで丁寧に愛してあげた。 カツミは今までの自分から 想像さえしていなかった。 今の幸せを噛み締めていた。 終わり。

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