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第15話:その手をつかまえて

それは丁度帰宅ラッシュの駅のホーム。 斉藤 景は、いつものようにホームで電車を待っていた。 黙って立って、もう何時間が経っただろう。 景は人と関わる事が苦手だった。 学生時代から物事を察する事ができずに、人間関係が続かない。 そして高卒で社会人になってから、3年目。 入社したての頃は慣れないからと周囲も多めに見てくれたが、 相変わらず景は上手く立ち回れずにいた。 やるべきことを忘れてしまったり、報告が苦手だったり、毎回同じ事で叱られて、 3年目である最近では周囲は呆れていた。 叱られれば叱られるほど、仕事に集中できずに慌てて、何もかも空回りしていた。 そのたびに「なめてんのか?」「ふざけてるのか、てめえ」など暴言を浴びせられ、動けなくなる。その繰り返し・・・・ そして今日、 帰社直前で上司から電話が来た。 「おれが送ったメール見てねえの?」 景には何の話なのかわからなかった。 「お前俺から届いたメールチェックしてねえのかよ?くだらないとおもってんのか?」 景には心当たりがなかった。 慌てて会社に戻って、通話にしたままメールをチェックした。 だが、上司が話す内容のメールは何度確認しても届いていなかった。 確かに自分はいつもメールの返事は遅い。 でも、来てないメールを確認はできないし、 メールを見ていないと決めてつけて、頭ごなしに暴言を吐かれ、 とうとう上司にこう言われた。 「お前ホントおかしいぜ?ここまできたら病気か障害じゃねえの?」 半笑いでその上司は景に、そう言い放った。 自分は信用されていない。 そうだよな、だって自分がいつも悪い。 信用されない行動をするのが悪い。 そんな思考が、景の脳内を支配していた。 駅のホームの時計を見上げると、 もう駅に来てから1時間は経っていた。 空は薄暗くなっていた。 電車って、轢かれたら痛いかな・・・ もう今の景は冷静な判断ができなかった。 消えたい。 次に電車が来たら、線路に飛び込もう。 呆然とそう思って、足を進ませる。 電車が来る音が聞こえる。 もう、全部嫌だ。 目を瞑って、駅のホームに体を傾けた、 その瞬間。 ぐいっと、景は腕を後ろに引っ張られた。 キキーッ・・・ 電車はいつものように駅に到着した。 金曜夜の帰宅ラッシュ。 人が乗り降りする音。 景は目を開けて、自分の腕を掴んでいる人物を見た。 「危ないよ、オニーサン」 知らない金髪の青年が、 笑顔では景に笑いかけてきた。 それが、青年タスクとの出会いだった。 「まあまあ座って」 と、見知らぬ金髪の青年は景の腕を掴んだまま、 ゆっくりと ベンチに景を座られた。 その隣にふわっと腰掛ける青年。 カーキ色のパーカーとブカブカのジーンズ。 きれいな金髪で襟足が少しだけ長い。耳には数個のピアス。 顔をよく見ると女性と間違える程の美形。 未だ呆然としている景。 なんて言っていいのか分からなかった。 気がついたら電車のホームは、ラッシュを過ぎて、人もまばらになってきた。 金髪の青年は景の腕から、手を離さない。 景には振りほどく気力はなかった。 「ホームに飛び込んだらだめだよ」 「・・・」 彼は冷静に、優しい声でそう呟いた。 景はまるで彼が天使のように見えた。 いや、もしかしたら、 自分は本当は死んでいて、彼は死神かもしれない。 「はい」 金髪の彼は、一粒のチョコレートを景の手に握らせた。 景は、手のひらにおかれたチョコレートをじっと見つめた。 「・・・なにこれ」 「チョコレート」 「・・・なんでチョコレート・・・」 「お兄さん頭働いてないから」 「・・・・」 景は黙って、見つめた。 隣の彼は、景にくれたのと同じチョコレートを嬉しそうに頬張った。 それを見て、 景はチョコレートを口に含んだ。 甘かった。 甘いものを食べたのは久しぶりだった。 というか、 今日は朝から何も口にしてなかった事に気がついた。 甘くて、とろけてて・・・ 景はようやく全身から力を抜いた。 「大丈夫?お兄さん」 そう、無邪気にこちらの顔を除いてくる青年、 「大丈夫じゃ・・・ない」 景はゆっくりとベンチの背もたれに体を預けた。 見知らぬ青年に、 さっき身を投げようとした駅のホームで、 慰められている自分。 意味が分からなかった。 現実感がないけど、 知らない青年に話すことじゃないけど、 その日あった事、 全て話した。 すると青年は、 「ふうん、そいつ馬鹿だね」 「え」 「部下が育たないのは上司が悪いに決まってんじゃん。無能なんだよ」 「で、でも・・・俺、昔から、人と上手く付き合えないし、報告も苦手で」 「でも暴言を吐いていい理由にはならないじゃん」 笑顔でそう言う青年。 景はあわあわとして、 「で、でも」 「でもじゃない」 「・・・」 「そんな会社辞めちゃえば?」 「簡単にはいかないよ」 と、下を向く景。 現実的には自分は、逃げているだけだ。 会社と、上司と向き合うことから逃げていただけだと、いつも自分を攻めていた。 辞めたいと言う事さえ、怖かった。 「人生は一度きりだよ?そんな上司のために悩むのは、時間の無駄だよ」 彼の言っていることは正しい。でも、 「生まれて初めて正社員で採用された会社だったんだ」 高卒で就職がなかなか難しくて、バイト生活の日々。 ようやく正社員として採用された会社だった。 採用された時は嬉しかった。 でも、自分に務まるのかと不安で一杯だった。 上司も初めて正社員で採用された事は知っていたから、 最初は優しかった。 例え話に普通の会社員は、サラリーマンはこういうものだと教えてくれたが、 社会経験の希薄な景には、何年経ってもピンとこなかった。 自分がやってしまった事に対しては叱られるのは仕方がないと思ってたけど、 今回は身に覚えのない事で、説教をされて、だんだんと感覚が麻痺していって、 もう無理だとおもった。 この上司は何をやっても、自分を信じてはくれないと。 景の話を隣で黙って聞いていた青年は、 「俺も社会人経験あるけど、合わねえって思った瞬間に 次のこと考えたけど?」 「・・・・すごいね、君」 ベンチの背もたれに身を預け、景は、 「俺には無理かもな」 (泣きそうになってきた・・・) 「できるよ」 まるで不安のない、 心からの言葉。 不思議と彼と話すと、 自分の心に正直になりたくなってくる。 「・・・うん」 短く返事をする景。 その返事にもう、駅のホームに飛び降りる事は無いと安心したのか、 青年は景の腕を掴む手を緩めた。 しばらく金髪の青年と、2人で 電車を見つめ続けた。 「お兄さん、名前は?」 「景・・風景の景だよ」 「いい名前だね。おれはタスク」 今日初めてあった2人には、名前だけで十分だった。 それ以上知る必要はないし、それ以下でもない。 「ねえ、静かな所に行かない?」 タスクと名乗った青年と、 さっき線路にのを投げようとした景は駅近くのホテルに向かった。 なぜだか今は一人にさせられないと、 彼は言うけど、 景自身も一人になりたくなかった。 現実感がないこの状況が 今は、心地いい。 ただ誰かと一緒にいたかった。 駅近くのホテルは、ダブルベッドの部屋しか空いてなかったため、 2人は同じベッドで眠ることに。 景はシャワーから出て、先にシャワーを終えベッドに腰掛けるタスクを見つめた。 ホテルのガウンを身にまとい、吸っていた。 金髪できれいな顔をしている彼に、よく似合っていた。 彼はシャワーから出たこちらに気がついて、 「髪乾かしてあげる、こっちおいで」 と手招きをする。 服を来てないと、タスクはとても大人びて見えた。 さっきまでは少年がそのまま大人になったような感じに見えたのに。 まるで鎧をまとっていない丸腰の青年のよう。 景は素直に、ベッドに腰掛けてくる彼の前に座る。 タスクは景の短髪の黒髪を優しく撫でながらドライヤーで乾かしていく。 (人に、頭を撫でられるのって、気持ちいい・・・) 急に力が抜けていく。 タスクの声は通ってて安心する。 しばらく髪を乾かして、 「はい、終わったよ」 ドライヤーを止める。 「ありがとう」 景はお礼を言って、ベッドに上がる。 2人は並んで、ダブルベッドに横たわった。 「なんだか、ずっと、異世界感」 呟くように、景は口にしていた。 「異世界?現実味がないってこと?」 タスクはキレイな声で、相槌をうつ。 2人は天井を見つめたまま、会話を交わした。 「だって、今日初めて会った人と、同じベッドで眠ってる」 ふふっと笑う景。 「確かにそうだね。危機感なさすぎなんじゃない?景」 「危機感って?」 「だって、俺が悪いやつだったらどうするの?」 またきれいな声でそんな事いうもんだから。 景はふっと笑い、 「線路に飛び込むより悪いことなんてないよ」 あの一瞬で、 全てが終わっていたかも知れない。 それを考えると、 それより悪いことなんて、きっと無い。 景はそう思えるようになった。 「それに今までの毎日よりひどいことなんて無い」 今度は低い声でつぶやいた。 現実味はないけど、 今日はひどいことがあったのに、 それはなかったことになんてならない。 最悪なはずなのに、 タスクと出会ったことで、 景の意識はもうそんな事どうでもいい。 タスクは上半身を起き上がらせて、 景の唇にチュッとキスをした。 突然の事なのに、 景は驚かなかった。 しばらく2人は見つめ合い・・・ 「驚かないんだね」 「・・・驚いてはいる」 タスクの言葉に、景は素直に答えた。 「嫌だった?」 「ううん」 景のその返事を聞いて、タスクはもう一度、 彼にキスをした。 今度はゆっくりと、景の口の中に舌を入れていく。 ゆっくり滑らかに、彼の舌と絡ませる。 タスクは優しく景の頬をそっと撫でる。 景はそっと彼の背中に腕を回していく。 自然と求めるように、 キスをし続け、だんだんと2人の股間が反応していく。 タスクはゆっくりと景の上に乗り上がる。 「タスクって、ゲイなの?」 「ん・・・。景は違うよね?」 「うん、でも、気持ちいい・・・」 タスクの匂いも、体温も、声もなにもかも 心地いい・・・ ごく自然に、 2人は抱き合った。 景にとっては初めての経験だった。 初めてあった美青年と、 ホテルに泊まって、 抱かれて、 初めてなのに、 気持ちよくて。 眠くなるまでセックスをして。 翌朝、ホテルのベッドで目を覚ますと、隣には タスクがキレイな顔をして眠っていた。 景を優しく抱きしめたまま。 誰かのぬくもりがあるなんて、 こんなに幸せなんだ。 景はそのきれいな顔を見つめながら、 何かを思い出せそうになっていた。 でも、ここ最近の景には上司に 叱られては、余裕がなく、 記憶が途切れ途切れの時がよくあった。 あんなに欲望のままドロドロになって抱き合ってたのに、 今は自分の身体がきれいになっている。 タスクが後処理をして、ガウンを着せてくれたのだ。 今日は土曜日。 ゆっくりと眠ってられる。 景はタスクの胸に顔を埋め2度寝を始めた。 数時間後、 景はゆっくりと目を覚ますと、タスクがきれいな顔でこちらを優しく 見つめていた。 「おはよう、景」 「・・・おはよう」 まっすぐこちらを見つめるタスクに、 景は急に恥ずかしくなり、布団の中に顔を埋めた。 何度も挿れられ、気持ちよくなり 喘いだ自分を思い出して、急に我に返った。 「どうしたの?」 「・・・なんか、ちょっと」 「恥ずかしくなった?」 「・・・」 景は黙ってコクコクとうなづいた。 タスクはくすりと笑い、 「恥ずかしくなること無いよ。景は最高に可愛かった」 「言わないでよ」 「可愛かった」 と、愛おしそうに景を抱き寄せるタスク。 「それに」 タスクはゆっくり景のお尻に手を滑らせ、ゆっくりと指を入れる。 「あっ・・」 昨日の余韻が残ってて、景は小さく喘ぐ。 「昨日の今日だから、柔らかい」 「ちょっ・・・あっ」 だんだん気持ちよくなって、景は冷静さを失う。 タスクの指に身を任せてしまう。 そのままとろけるようなキスをされて、 「ん・・・今日はゆっくりしよ?」 甘えるように口説かれて、 「ん」 景もまんざらではなかった。 もっと、一緒にいたかった。 この気持ちよさに、溺れたかった。 「あっあっ」 昨日散々抱かれたのに、 挿れられただけで、もう気持ちよくておかしくなりそう。 乳首を舐められ吸われて、肌を撫でられ、 腰を揺さぶられ、気持ちよくなっていく。 後ろから挿れられ首に背中にキスをされ、何度も抱かれた。 そうして再び2人でベッドに横たわった。 2人で湯船に浸かり、 景はふと、タスクの額に古傷があるのに気がついた。 「タスク、傷あるんだね?」 と、彼の前髪を上げながらそう言った。 「うん、小さいころね」 と自分の額を撫でながら、せつなそうに優しくはにかんだ。 「隣のマンションに住んでいた、幼馴染と遊んでた時にできたんだ」 その傷を見つめて・・・ 何かが頭をよぎる景。 「そういえば、俺の小さい時にも、同じことあったかも・・・」 「へえ」 考えようとする景の肩に、タスクはキスをして、 「もう1回抱きたいな」 甘えたような声をするタスクに、 「いいよ」 景はキスで答えた。 もう一度抱き合って、景はシャワーを浴びている。 タスクは、ふとテーブルに置いてある景のバッグから見える名刺入れを手にした。 そこから一枚名刺を取り出し目を通す。 「ふうん」 何かを考えてタスクは名刺を一枚拝借して、名刺入れをバッグに戻した。 夢のような一夜は明けて、 景は現実に戻ると、すぐに体調を崩した。 ひどいパワハラに精神を病み、上司に相談をして休職をした。 一ヶ月家でゆっくり過ごし、 会社から景にパワハラをしていた先輩が他県に移動になったため、 復職しないかと連絡があった。 急な展開に、景はドキドキしながら出社した。 そうしてすぐに、なぜか社長室に呼ばれた。 コンコン 「どうぞ」 部屋の中から声がして、 「失礼します」 景はドアを開けた。 そこには前髪を上げている、細身のスーツを着た、銀縁のメガネをかけている、年の頃なら自分と同じくらいの青年。 「斉藤 景さん、どうぞこちらへ」 と、ソファに腰掛けるように促される。 景は軽く会釈をして社長が向かいに座るのを確認して、ソファに腰掛けた。 その若き社長は、書類に目を通しながら、 「あなたの部署の社員から聞き取りを実施し、該当の社員からあなたへのパワハラ行為が実証されたので、彼には処分として地方に左遷としました」 その言葉に驚く景。 「え・・・部署の皆が、証言してくれたんですか?」 「ああ」 それを聞いて、景は心底びっくりした。 今まで先輩には部署全体が自分を無能扱いしていると言われていたから。 「君がこの会社に入社する前は、別の社員が標的にされていたらしい。だが誰も口を出せずに板とのことだった」 話を聞くと、パワハラはずっと見て見ぬふりをされていたらしい。 「この現代社会は、パワハラは会社のコンプライアンス的に非常にまずいのでな」 というどう考えても景と同じくらいの年の若い社長。 そういえば景が入社した時は、年配の社長だった。 毎日があまりにもつらくて忘れていたが、半年くらい前に社長が病気療養する発表が会ったことを思い出した。 「社長である親父はしばらく療養中だが、今は俺が代理だから、何かあったら遠慮なくいってくれ」 そういう彼の顔を始めて真正面から見つめる。 「あ、ありがとうございます」 景は深々とお辞儀をした。 「まだ、気が付かない?」 「へ?」 社長代理の言葉に、景は気の抜けた声を漏らしながら顔を上げた。 そこにはさっきのキリッとした社長の息子・・・ではなく、 少しだけ気の抜けた顔をしている。 上げている髪を、少し下ろして、メガネを外した。 襟足が少しだけ長い・・・ 「今は金髪じゃないから、分からないかな?」 声色が少し代わり、 「もしかして・・・タスク!?」 景のその声に、彼は柔らかく笑った。 金髪でブカブカの服を着た、あのタスクが、 今はキリッとしたスーツを着て、ビシッと黒髪オールバックでキメている。 よくみるとこめかみに古傷。 確かにタスクだ。 景の表情を見て、 「やっと気がついたか」 「だ、だって全然違うし・・・」 「そりゃ会社では金髪ってわけにはいかないしね」 「で、でも社長って・・・」 「だから代理だってば、もともとは海外留学してて、一年前に帰国して乗務をしてた。いずれは会社を継ぐかも知れないけどね」 「そ、そうなんだ」 何だか、緊張が一気に抜けて、景はソファの背もたれに身を預けた。 「緊張した?」 「したー・・・」 景はそう答えて、クスクスと笑うタスクを見た。 「タスクって本名なの?」 「うん翼に空って書いてタスク」 「いい名前だね」 駅のホームで出会ったタスクにはとても似合ってたけど、実際は社長の息子という自由のない立場なんだ。景は初めてタスクの背負っているものに思いを馳せた。 自分はただ一人からパワハラを受けて、自分の命を投げ出そうとしていた。 代理とはいえ社員数百人を束ねなければいけない社長の立場になっている若者の悩みなどはかりしれない。そんな立場のタスクが自分の命を助けてくれた。 「あの時助けてくれて、ありがとう」 景はまっすぐに彼を見つめて、心からお礼を言った。 すると、タスクは優しく笑顔を向けた。 「景が元気で、良かった」 ドキッ 急にあの夜に抱かれた時に見せた、 色っぽい顔をするタスクに、ドキッとさせられて、 「と、とにかくありがとう!」 景は挨拶をして慌ててその場を後にした。 タスクは、 線路に飛び込もうとしていた 自分を救ってくれた恩人で、 そのまま一日中セックスをして、 甘く満たされて、 キスして・・・・・ 景は会社のトイレに駆け込んだ。 鏡を見ると、 真っ赤な顔をしている自分がいた。 俺はタスクから逃げてしまった。 その後の仕事は順調だった。 パワハラをしていた先輩が地方に左遷されて、 部署の雰囲気が明るくなって、仕事がしやすくなった。 皆が意見を言い合い、業績も上がっていった。 時々、社内で遠くから社長代理であるタスクを見かけることはあったが、 あれ以来、関わりが一切無くなった。 そんなある金曜日。 最近は平日は定時に帰れたが、月末の為久しぶりに21時に駅のホームに居た。 週末とあれば、そこそこ人が行き交っていた。 ふと、過去の自分を思い出す。 あの夜、駅のホームで死にたいと思っていた自分はもういない。 タスクが手を引いてくれなかったら、今の自分はいなかった。 そもそも、あの時どうしてタスクは駅にいたのだろう? あの時はもう会社に乗務として勤務していたはずだ。 なのに金髪で普段着で・・・? なにか理由があったのか? ただ、社長代理であるタスクとは立場が違うため、 もう直接聞く事はできない。 接点がない。 いやそうだろうか? タスクの額の傷。 景には小さい頃よく遊んでいた幼馴染の男の子がいた。 金髪で、猫っ毛で、かわいい顔をした。 タスク。 そうだ、 タスクって名前だった。 小さい頃木登りしていて落ちそうになった自分を抱きかかえて一緒に落ちていった。 幼馴染を。 こめかみに傷があった。 そうだ。 タスクは、幼馴染の翼空だったんだ。 考えれば考えるほど、 鮮明に思い出す。 パワハラに悩んでいたあの時は、 直近の記憶さえ飛んでいて、ましてや昔のことなんて思い出せないでいたが。 もしかして、 タスクは・・・・・ などと考えていると、 「危ないよ、オニーサン」 後ろからそう声かけられて、 手を引かれた。 パッと振り返ると、 そこには、あの夜出会った、 金髪で猫ッ毛の青年がいた。 あの時と同じダボダボのパーカー姿で。 「タスク・・・」 「こんにちはオニーサン」 まるで職場で会ったことが、夢であるかのように、 あの時の姿で柔らかい笑顔を見せた。 景は、まっすぐにタスクを見つめ、 「そっちが地毛だったんだな。昔から」 その言葉に、 「やっと思い出してくれたんだ、景」 タスクは嬉しそうに笑った。 「最初は気が付かなかったよ。景の事」 駅のベンチで2人腰掛けて、話をすることに。 タスクは昔話をするかのように、ポツリと離し始めた。 「半年前会社にはいる前までは海外にいたから、自由にやってたのに急に親父の気まぐれで呼び出されてさ、最初はやる気なかったんだ」 自分の事を語りだした。 アメリカ人の母親とのハーフで、 小学校卒業とともに海外で暮らしてたらしい。 確かに小学校低学年までは遊んでいた記憶があった。 「まあだんだん仕事が面白くなった時に、たまたま休みの日に駅のホームで景を見かけた」 偶然だったらしい。 「まるで死にそうな顔をしててさ。後日会社で見かけて、名前調べたら景だったから。すごく驚いた」 タスクはベンチに座ったまま体育座りをして自分の膝を抱えた。 「俺、小さい頃から、景が好きだったから。あんな景を放っておけなくて」 すぐに真っ直ぐに自分の前を見つめて、 「なんとかしなくちゃって思った。だから何度か駅で話しかけてるタイミングを狙ってた」 「だから、あの時・・・手を引いてくれたのか」 景は信じられないという顔をしてタスクを見つめた。 偶然じゃ、なかった。 自分を救うために、 あの時駅のホームにいたんだタスクは。 景の胸が熱くなってくる。 自分は一人ぼっちじゃなかった。 ん? 「タスク、今、俺のこと小さい頃から好きだって言った・・・?」 聞き間違いじゃかければ、確かに言った。 タスクは目を丸くして、 視線を反らし、 体育座りをしている自分の膝の間に顔を埋める。 「・・・言ってない」 消え入りそうな声で否定した。 タスクの耳が赤い。 景も、自分の顔が赤くなるのを感じながら、 「聞いてない事には、できないなぁ」 ふふっと笑った。 景は照れたままのタスクを自分の家に連れて帰って、 彼を甘やかすのだった。 昔から変わらない、金髪の彼を。 終わり。

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