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第13話:僕らはただの同僚で

彼らはただの同僚だ。 幼馴染とか学生時代の同級生など・・・ではない。 趣味があったわけでも、タイプが似ているわけでもない。 そんな2人の、物語。 桑原 タクマ(22)は高校卒業後就職して早4年目。 メガネでどちらかというと地味なタイプ。 営業は向いていないと自分でも感じて、内勤を志望した。 流石に4年ともなると、部署のスケジュールを把握し、営業の資料作成補助、会議の準備、電話応対、あらゆる作業をこなす事ができた。 一年前新卒で入社した高岡 ユウキ(22)の教育係を任された。 彼、高岡 ユウキは桑原とは真逆のタイプで、顔はイケメン、長身、高学歴、ちなみに陽キャで入社して3ヶ月で営業成績トップになった。 内勤では桑原に、営業では桑原の同僚の笠巻に教えてもらってどんどん成長していった。 それを目の当たりにして、桑原は自分が高卒であることをいつも呪った。 でも自分は自分だ。 いつもそう自分に言い聞かせて4年頑張ってこれた。 高岡が入社して一年が経過した春。 新たな新入社員が入社してきたある日、恒例の新入社員歓迎会が行われる事になった。 桑原は部署内の社員のスケジュールを把握し、歓迎会の予定を立てるが自分が参加する事は最近はほぼなかった。 「桑原センパイ」 定時を過ぎた頃、事務作業をいつものようにサクサクこなしていた桑原に高岡が声かけた。 「おう、おつかれ」 作業の手を止めて、彼の方を見上げる。 「新入社員の歓迎会行かないんですか?」 桑原は今日は間に合えば行くとだけ言っておいた。自由参加だから。 「いいよ俺は。週明けの会議の準備もあるし」 と、肩をすくめた。 すると、高岡は、 「この部署って、変わってますよね。自分のスケジュール管理なんて普通自分でするものでしょ?なのに、全部桑原センパイに任せて・・・」 と、少しだけ異論を呈してきた。 「いいんだよ。これがこの部署の形なんだ」 いつしかそうなってしまった。 皆が桑原に丸投げし始めて、定着していった。 「たまには行きませんか?俺手伝いますから」 「いいから行けって。お前は行かないとまずいだろ」 無理やり促すと、 「・・・おつかれさまでした」 高岡はしぶしぶ会社を出ていった。 部署に一人になり、桑原は大きなため息を付いた。 必要最低限のコミュニケーションはしているけど、 飲み会は苦手だ。 入社して部長が陰で自分の事を、『雑用係』と言っていた。 それから過度な期待はしない。自分の出来ることを最大限こなす。これだけ考えて働いてきた。 転職を考えた事もある。 でも営業に向かない自分はきっとどこへ行っても一緒だ。 ならここでもいいかと半ば諦めていた。 雑用を完璧にこなし、部署内のすべてのスケジュールを把握した頃、自分の能力は重宝されて始め自分の役割が出来上がっていた。 それからただ仕事をこなす毎日。 桑原は会議の準備を終え、ホワイトボードに部署のスケジュールを来週のものに書き直し、 21時過ぎに会社を出た。 すると、会社の前に高岡がいた。 「え、どうした?」 桑原は高岡に声かけた。 高岡はスマホから目を離して、 「センパイどんだけ残業してるんですか」 「ちょっと、自分の雑務もあったんだよ。それより飲み会は?」 「今日は新入社員の歓迎会だから早めに解散です。ベテランだけで2次会に行ったみたいです」 「そ、そう」 ぽかんとしている桑原に、 「センパイ、これから飯行きませんか?」 「え」 2人が入ったのは飲み屋県定食屋。 とりあえずビールを注文し、2人で乾杯する。 「おつかれ」 「おつかれさまです」 小さめのグラスに注がれているビールを桑原はくいっと一気に半分口にした。 考えれば最近残業ばかりで外に飯を食いにきたのは久しぶりだった。 「高岡お前さっきまで飲み会だったんだろ?無理に俺に合わせなくてもいいぞ」 一応気を使って聞いてみたが、 高岡はふっと笑い、 「さっきの歓迎会ではあまり食事はせずに、上司のお酌に徹していました。早く飲ませたほうが早く一次会が終わるって、笠巻センパイに教わりました」 その言葉に、桑原はふっと笑い、 「ふっ、いい先輩と行って良かったな」 「はい」 普段見ない桑原の笑顔に、コップを口に運びながら高岡は人知れずニヤける。 「笠巻センパイとは同期なんですよね?」 「ああ、アイツは大卒で入社したから、俺とは違って仕事が出来て営業のエースだけど。誰とでも打ち解けられる良いやつだよな」 「そうですね」 高岡も賛同する。 「あのさ」 「はい」 「お前は後輩だけど同年代なんだから、タメ口でいいんだぞ?」 「いや、そんなわけには。センパイですし」 「律儀だな」 何故か今日は自然と笑うことが出来た。 ただの後輩だが、高岡とはゆっくりと話がしてみたかった。 まあ本人には言えないが。 なんて内心考えていると、 「俺、センパイと一度、ゆっくり話してみたかったんです」 と、柔らかく微笑む高岡に、少し心の奥がくすぐったくなる。 「変わり者だな」 「ひどっ」 2人で笑いあった。 ゆっくりと飲んで、気が付けば0時過ぎ。 「あ、やべ電車ない」 「え、今?」 天然ボケなのか、今さらの高岡の言葉にめずらしくツッコミを入れる。 「タクるには遠いしな・・・」 とスマホと睨み合う。 「お前家までどのくらい?」 「電車乗り換えて1時間くらい・・・」 と、スマホで地図を見せる。 それを眺めて、タクシーではちょっと高上がりかもしれない。 「はあ・・・、俺どっかビジホ探します」 「え」 あっさりと結論を出して。 「今日はありがとうございました。また飯行きましょう」 と、軽く会釈して、駅前に向かう高岡。 「高岡!」 そんな彼を引き止める。 立ち止まる高岡に、 「俺ん家くる?」 桑原は自分でも信じられない気持ちだった。 まさか後輩を家に泊めようと、自分から提案するなんて。 そして高岡もビックリしていた。 「おじゃまします」 桑原は入社当時から住んでいるマンションんに初めて人を招き入れた。 何度か風邪で寝込んだ時に、笠巻が来てくれた事があったが、最近は誰も来ていない。 それを考えながら、高岡を家に招き入れた。 「適当に座ってくれ。風呂沸かしてくるから」 「おかまいなく」 高岡は生活感がない部屋を見回した。 家具もベッドにソファにローテーブル。ハンガーラックには数着の衣類。必要最最低限のものしかない。 まるで彼の性格を表しているようだ。 数分後。 「風呂先に悪いな」 桑原は風呂から上がって真っ先にそういった。 「いやセンパイの家ですから」 「次どうぞ」 「ありがとうございます」 そう言って、タオルとさっきコンビニで購入した下着などを手に風呂場へ向かう高岡。 「あ、これ」 と桑原は高岡に着替えを渡す。 「スエットパンツとTシャツでいい?一応きれいだから」 「あ、ありがとうございます」 少しだけ照れた顔をして、高岡はそそくさと風呂場へ。 (何で照れてんだアイツ?) 仮にもセンパイの家だから、緊張しているのかもしれない。 数分後、高岡は風呂から上がってきた。 「お風呂ありがとうございました」 「おお」 高岡はいつも髪型をビシッと決めて年より上に見えるが、風呂上がりの乱雑な髪型は彼を少し幼く見えた。 「お前ベッド使えよ」 「え、いいですよ。ソファで」 「バカ、足はみ出るだろ。お前のほうが背が高いんだし」 「大丈夫です」 頑に断る高岡に、 「ベッド広いから一緒に寝る?」 「は」 一瞬、沈黙が続き。 「悪い。冗談が過ぎた」 「いえ、おやすみなさい」 と、多くを語らず高岡はソファへ潜り込んだ。 桑原も黙ってベッドに横たわった。 何も言えなかった。 というか自分はマズイことを言った。 あの一瞬の沈黙の中、 高岡が顔を真っ赤にしたからだ。 深夜。 「お前、・・・もうベッドで寝ろよ」 ソファじゃ寝づらかったらしく、ずっと高岡の唸る声が気になって、桑原は起き上がりソファに近づいて高岡の背中をペチペチとたたく。 「・・・・・すみません」 高岡は桑原に腕を引っ張られながら、一緒のベッドに背中合わせで眠りについた。 桑原の横で、 「センパイ」 「・・・んー・・・?」 ウトウトしながら相槌をうつ桑原、 「俺の反応気持ち悪かったら、言ってくださないね」 (さっきの赤くなった事を言っているのか?) さすがに気まずかったのだろう。 でも、桑原はさして気にしていないようだった。 「気持ち悪くないよ」 これは本心だった。 そんなことはどうでもいいんだ。 「俺は、お前に感謝してる」 「え」 唐突な桑原の言葉に、高岡は上半身を起こして振り返った。 「俺は高卒で就職した事を、自分の負い目と感じている。あの会社はほとんどが大卒入社が多いから」 高岡に背中を向けたまま、自分の事を話し始めた。 「そんな事関係ないでしょ」 「ないと思うのは、大卒のやつだけだ」 自分は後輩に対して何言ってるんだ。 分かってるこれはただの八つ当たりだ。 「・・・お前に言ってもしょうがいない事だ。悪い。俺が勝手に引け目を感じてるだけだ」 会社の誰もがきっと気にしてない。 「あの会社で人に気づかれないように努力しているのは桑原だって、笠巻先輩が言ってました。それを聞いた後から、ずっとセンパイの事見てきました」 必死に彼に伝わるように。 「俺が誰よりも尊敬するのは桑原センパイです」 そう言って高岡は、彼の背中に頭をくっつけた。 彼の言葉に胸の奥が熱くなるのを感じて、 「ありがとう。・・・良いやつだなお前」 彼に背を向けたまま優しくお礼を言った。 「本心ですから。・・・おやすみなさい」 「おやすみ」 そうして2人とも、眠りについた。 翌朝。 甘い匂いで目を覚ました。 「おはようございます!センパイ」 元気に起こされて、桑原は半版で目を覚ました。 「せっかくの土曜なのに・・・もう少し寝たい」 と毒づく桑原は、眼の前の光景に驚く。 ローテーブルには朝食が用意されていた。 「おれんち食材なかったはず・・・」 「昨日コンビニに寄った時に買いました」 よく見ると、サラダにフレンチトースト・・・ 桑原はガバっと起き上がる。 「いただきます」 「どうぞ」 ニコニコする高岡の向かいで、とろとろのフランチトーストを頬張る桑原。 「ん、うま」 「良かった」 「ほんとにお前が作ったの?」 「はい。おれ料理趣味なんです」 とてつもなく美味しい。 「でも・・・よく男にフレンチトースト作ったな。美味いけど」 「だってセンパイ甘い物好きでしょ?」 「え、何で知ってんだ」 ぎくっとして聞いてみる。誰ともそんな話はしていないはずだが。 「取引先へのお土産とか、すぐにリサーチするでしょ?笠原センパイに聞いたら桑原センパイ甘党だって」 (あいつ・・・おしゃべりめ) 少しだけ照れて桑原は顔を背けた。 「男が甘党とか恥ずかしいだろ」 といいながら、目の前のホカホカなフレンチトーストを頬張る。 それを見て高岡は、 「そんな事ないですよ」 柔らかく笑ってそう言う。 気恥ずかしくもあったが、 高岡の言葉は本心に聞こえた。 食事を終え片付けをした後、 帰宅する高岡を玄関まで見送る。 「お世話になりました」 「こちらこそ。帰り道分かる?」 「はい、大丈夫です」 と、高岡は帰っていった。 翌週月曜日 「桑原センパイ。今日飯行きませんか?」 給料日はみんなどこか浮足立っている。 それは高岡もそうだった。 しかし 「ごめん。今日はちょっと」 「そうですか」 断りを入れて去っていく桑原に 何だかいつもと違う雰囲気を感じる。 そう、桑原にとって給料日は もっとも来てほしくない日。 なぜなら 「悪いないつも」 ある寂れた居酒屋。桑原は離れて暮らす父親と飯を会っていた。 ボサボサの髪で小汚い格好をしている父親といる所を、誰にも見られたくなくて人の入らないような店でいつも落ち合う。 桑原の母親は夜の仕事をしていて父と出会い、デキ婚をした。 母は彼が中学時代に亡くなり、桑原は親戚に預けられた。 以来父親は姿をくらましていたが、桑原が社会人になり一人暮らしを始めると親戚に聞いたのか、金をたかりにくるようになった。 それが桑原を苦しめていた。 「じゃ俺帰るから」 そう行って席を立つ桑原。 「飯食わないのか?」 呑気に食事をする父。桑原の金で。 何も言わず桑原は店を出ていった。 いったいいつまで こんな事続けなきゃいけないんだ? 親を切り捨てる事も出来ずに 毎月お金だけで繋がる関係。 「もううんざりだ…」 桑原は駅前のベンチにどしっと腰を降ろす。 大きくため息を吐いて俯いてると、 ベンチの隣に誰か腰掛けた。 服装で、それが誰だか桑原には想像がついた。 「・・・平気?」 彼は小さく囁いた。こちらを気遣う様に。 「・・・いつもの事だ。」 「シカトしたら?」 「一度無視してたら、家に来た。だから外で会うことにした」 俯いて頭を抱える。 「後を付けてすみません。センパイの様子がおかしかったら、心配で」 その言葉に、桑原は隣の人物を見上げた。 彼はまっすぐに前を見たまま、 「心配で」 あえて同じ言葉を繰り返した高岡。 彼の表情は本当に心配している様子だった。 「帰りましょう」 そう言って、高岡は桑原の背中をさすりながら彼を立たせる。 「・・・ん」 桑原は小さく返事をして彼の支えてくれる手に身を委ねた。 高岡は放心状態の桑原を風呂に入れてやり、着替えをさせて髪を乾かしてベッドに寝かせた。 「何も考えないで寝てください」 「・・・帰るの?」 自然と出てきた桑原の言葉に、 高岡はふっと優しく笑い、 「センパイが心配で帰れませんよ」 と、優しく桑原の頭を撫でた。 後輩の彼に介抱してもらっている状況は滑稽だ。 でも、今の自分には何も考えられなかった。自然に身を委ねていた。 「泊まっていってもいいですよね?」 「・・・ん」 今は一人になりたくなかった。 桑原は親との事をただ感情もなく話し始めた。 うだつの上がらない父親から金銭を搾取されていること。 自分は縁を切りたいと思っているけど、 それは人として子どもとしてやってはいけないように感じていること。 その考えがずっと自分を苦しめていること。 それを誰かに言えなかった事が辛かったこと。 高岡は黙ってベッドの隣に横になり話を聞いてくれた。 時々彼の肩をさすりながら。 それが桑原を安心させた。 いつのまにか静かに寝息を立て始めた桑原を、 高岡は愛おしそうに見つめ彼の額にキスをした。 誰よりも幸せになってほしい人。 自分が目指そうとしている人。 そして誰よりも愛おしい人。 少しでも彼の力になりたい。 でも自分の気持ちが知られたら きっと迷惑する。 だから、自分の気持ちは一生言わない。 高岡は彼の頭を抱きしめたまま眠りについた。 翌朝。 桑原が目覚めると、高岡はもういなかった。 テーブルの上には書き置きのメモ。 『今日は仕事は休んでください。僕から部長に話しておきます。 今のセンパイには休むことが仕事です。なので仕事の事は心配しないでください。 昼に一度連絡します』 『おにぎりとお味噌汁つくりました。いっぱい寝てお腹がすいたら食べてください』 メモが置いてあったテーブルにはお皿に乗ったおにぎりが2つ。 台所には鍋に入っているお味噌汁。 部屋はお味噌汁の匂いが漂っていた。 それを見て、桑腹は再びベッドに横たわった。 昼間でゆっくりと眠りについた。 昼になって、高岡から連絡があった。 部長に桑原が疲れ切って昨日倒れたと説明。 (少し大げさに言った) そして部長からは、今までの残業時間を確認して業務量を調整すると約束してくれた。 桑原一人に任せていた自覚はあったが甘えてたと謝罪された。桑原は自分でも負担に思ったことはなく、慣れていしまっていたと伝えた。でも今の仕事は嫌いではなく色々な事が重なって力尽きたと伝えた。 部長は今週は休んで、週明け詳しく話そうと言ってくれた。 そうして電話を切って、 桑原は、何だか現実味のない感覚に陥った。 自分は知らず知らずに無理をしていたのだろうか。 父親のことを高岡に話せてむしろスッキリした。 その夜、 「おつかれさまです」 そういって高岡が家に来た。 「・・・おつかれ」 桑原は部屋着で高岡を出迎えた。 高岡は桑原の顔をじっと見つめ、 「顔色よくなりましたね」 と、自然と彼の顔に手を触れる。 しばらくして、はっとして手をどける高岡。 「・・・すみません」 今更赤くなる高岡に、桑原はふっと笑い、 「なんだよ今更、俺のこと散々世話焼いたくせに」 と、半ばからかうように言う。 あの夜桑原は高岡に風呂に入れてもらい、着替えさせられて、 寝かしつけられたのだ。 それを思い出し高岡は困った顔をして頭を掻く。 「・・・悪かったですよ。勝手に世話焼いて」 「感謝してる。おにぎりも美味しかった」 今は素直にそう思っている。 「ありがとう」 素直に笑ってお礼を言った。 それを見て、高岡もほっとする。 「良かった、元気出て」 気持ちが疲れたら、よく寝てちゃんとした食事をするに限る。 「てことで、これ」 と、高岡は買い物袋を彼にわたす。 「?」 野菜などの食品が大量に入っている。 疑問符を浮かべる桑原に、 「飯つくりますんで」 「へ?」 「わざわざ買ってきたのかよ?」 「だってセンパイの冷蔵庫の中からっぽなんだもん」 「・・・」 桑原は基本料理をしない。 そうして高岡はいそいそと食事を作る。 「いや、お前疲れてるだろ?」 「いいからいいから」 「でも」 食い下がる桑原に、 「センパイ料理できませんよね?」 「・・・」 「俺の飯うまいですよね?」 「・・・はい」 「じゃ、そういうことで」 と、笑って食事の支度に戻る高岡。 「じゃあせめて、着替えろよ」 と、スエットを渡す。 スーツが汚れることを心配して言ったが、 高岡は少しだけ嬉しそうにする。 「・・・そんな事いうと、泊まってもいいのかとおもっちゃいますよ」 「泊まるつもりで来たくせに」 「バレたか」 と、2人で笑った。 その後高岡が作ったパエリアを頬張り、一緒に眠りについた。 高岡といることが、桑原にとって純粋に楽しかった。 「せんぱい」 「ん?」 「一緒に暮らしませんか?」 こうして2人は同居する事になった。 不思議だった。 今まで誰かと暮らすなんて考えたことなんて無かった。 ましてや会社の後輩と。 でも桑原にとっては不思議だった。 高岡といると、 不思議とほっとする感覚があった。 引っ越して初日の夜。 2人は桑原の部屋のベッドで並んで横になっていた。 すると、 「あ!」 急にがばっと起き上がる高岡。 桑原はすでにうとうとしていた。 「どうした?」 「ついくせで、センパイのベッドに入ってしまいました」 桑原の家によく泊まり2人で肩を並べて眠っていたので、 自然に一緒に同じベッドに入ってしまったようだ。 引っ越してそれぞれの部屋があるのにもかかわらず。 「すみません、俺自分の部屋に行きます」 アワアワしてベッドからでようとする高岡に、 「いいって、まだベッド届いてないんだろ?」 と、彼の腕を掴んで引き止める桑原。 「え、でも・・・」 まだ色々とごちゃごちゃいう高岡に、 桑原は起き上がり高岡の肩に腕を回し、 そのまま彼を包み込むようにベッドに押し倒す。 半ば桑原に抱きつかれた状態のままベッドに寝かされて、 離れない彼に動揺する高岡。 「せっ、センパイ?」 「寝ろ」 「・・・・・はい」 高岡は観念して、静かに桑原の隣に横になる。 先程の体制のまま。 半ば桑原から抱きつかれている様な体勢で。 しかも桑原は高岡の肩に顔を埋めたまま睡魔に身を委ねてた。 「センパイ寝づらくない?」 「…大丈夫」 彼は夢現に、 「なんか…お前といると、安心する…」 「センパ…」 高岡が彼を見ると、 桑原はすでに気持ちよさそうな寝息を立てた。 高岡は離れる事も出来ずに、しかし心臓のドキドキが止まらず、なかなか眠れなかった。 翌朝。 桑原が目を覚ますと、すぐ横に高岡の整った顔が目に入った。 窓の外は薄明るくなってきたようだ。 高岡に半ば抱きついたような格好のまま、 眠りについていたようだ。 冷静に考えればおかしな話だが、 今の桑原にとって、高岡は誰よりも安心する人物になっていた。もっと彼を知りたい。 男同士なのに、もっと触れていたい。 (どうして…) 考えても今すぐには答えは出ないので、 桑原はもう一眠りすることにした。 朝5時半、 今度は高岡が目を覚ました。 同じベッドのすぐ隣で彼の肩に顔を埋めて眠る桑原の寝顔に 思わず見とれてしまう。 自分はずるい人間だ。 桑原にずっと片思いしている事を隠しながら、想いは伝えない。 そう決めているのに、そばにいたい。 矛盾してる自覚はある。 でも、自分を必要としてくれてる事に、 喜びを感じている事も事実だった。 高岡は桑原の柔らかい髪を撫でる。 「ん…」 桑原は小さくうめくと、更に高岡に抱きついた。 寝る体勢を変えた事で、桑原の鎖骨から肩に近い部分がTシャツの襟首から大きくのぞく。 滑らかそうな肌。首から柔らかそうな唇をじっと見つめる。 許されるなら、 その肌にキスして、その唇に奪いたい。 (冷静になれ、俺) 高岡は桑原が起きないようそっと自分から引き剥がし、ベッドから起き上がる。 トイレの便座に座り、頭を抱えた。 7時半になりようやく目を覚ました桑原は食卓について驚いた。 テーブルの上には、トーストとサラダとオムレツ。 そして淹れたてのコーヒー。 「おはよう・・・朝から全開だな」 感心する桑原にうきうきで食事を用意する高岡が、 「おはようございます。普通ですよ。さ、どうぞ」 こうして充実した朝食を食べるようになり、桑原は仕事でも負担が減り、 調子を取り戻していった。 数日後、真夜中。 「うーん・・・」 夜中に桑原は自室のベッドで何度も寝返りをうった。 なんだか眠れない。 昨日までは高岡とこのベッドで一緒に眠っていたが、昨日ベッドが届いて今日2人で組み立てた。 なので今日からそれぞれの部屋のベッドで眠ることとなった。 まあそうなるだろうな。 もう一緒に寝る理由がない。 昨日まではよく眠れていた。 でも今日は何だかベッドが大きく感じる。 桑原はうなりながらどうにか寝ようとした。 翌朝。 「センパイ寝不足ですか?」 向かいわせに座り、朝食を食べながら大きなあくびをする桑原に淹れたてのコーヒーが入ったマグカップを渡しながら高岡が聞いてくる。 心配している顔だ。桑原はもう一度大きなあくびをして、 「えっ・・・と、積読してた本を読んでて夜ふかししたんだ」 適当な理由でごまかした。 「そう・・・ですか」 何か言いたそうなのを飲み込んで、高岡はコーヒーを口に含んだ。 その夜。 「ただいまー」 桑原は久しぶりに部長たちの飲み会に付き合ってきてへとへとで帰宅した。 酒の席が苦手でタバコと酒の匂いが嫌いだった。 その匂いを早く落としたい。すぐに風呂に向かった。 「あ、おかえりなさい」 洗面所に行くと、ちょうど高岡が風呂から出てきた。 彼の濡れた全裸をじっと見つめ、 「んー、ただいまぁ」 と桑原は自分の服を脱ぎだした。 高岡はドキッとして思わず顔をそらした。 でも桑原は今日飲み会と言っていたし、酒の匂いがする。 「え、風呂はいるんですか?」 「ん」 「センパイ酔ってません?大丈夫ですか?」 「酒の匂い落としたい・・・」 若干ふらつきながらも、服をすべて脱ぎ捨てて風呂に入っていった。 数分後。 「センパイ?」 高岡が心配になって風呂場を見に行くと、 「ちょっと!もう」 桑原は湯船の中で眠っていた。 高岡は慌てて彼を湯船から引っ張り出し、救出した。 身体を拭いてやり、着替えさせて水を飲ませてやる。 タオルで額を冷やす。 「まったく無茶苦茶なんだから・・・」 彼の部屋のベッドの上に寝かせてやる。 普段はこんなに無茶をする人じゃない。 (どうしたんだろ・・・?) 夜中、桑原は目を覚ました。 目を覚ますと部屋の天井が見えた。自分はベッドに横たわっているのだと分かった。 その隣には、高岡が眠っていたい。 きっとまた自分は彼に迷惑をかけたのだろう。 きれいで整った顔、彼の風呂上がりの姿を思い出していた。 整って引き締まった身体に濡れて色っぽい姿。 男相手にそう感じるのは初めてだった。 桑原は隣で眠っている高岡の腕にピッタリと寄り添い眠りについた。 (こいつといると、眠れそうだ・・・) 数日ぶりに深い眠りについた。 「まったく何やってんですか」 起きるなり、桑原は高岡に説教をされていた。 「いい年して風呂で寝ちゃうなんて」 「・・・すみません」 自然とソファの上で星座をしている桑原。 本気で怒ってるわけじゃないが、心配しているのだと言うことをわかってもらいたい。 「本当にすまん」 と正座したまま頭を下げる。 頭を下げたと同時に、少し彼にしては大きめなTシャツの襟首から彼の服の中が丸見えになり、高岡は彼の乳首に目を奪われる。 目が離せなくなり、高岡は手で目を覆い、 「センパイ、それ俺のシャツ・・・・」 「え」 桑原は指摘されて恥ずかしくなった。 今日は土曜日。 平日に出来ない家事を協力して終わらせ、 2人は一緒に夕食を食べ、 高岡が風呂から上がると、 先に風呂に入ったはずの桑原がソファに座っていた。 「あれ、センパイまだ寝ないんですか」 「・・・あのさ」 「?はい」 なぜかもじもじしながらこちらを見つめる桑原。 「お願いが、あるんだが・・・」 「えぇ何ですか?改まって」 少しだけ身構える高岡。 「その・・・前までは、俺の家で寝る時同じベッドで寝てたじゃん」 「え、あぁ、はい」 高岡にとっては少し気恥ずかしいが。 「その、週末だけでいいんだが・・・・」 「はい」 「・・・・一緒に・・・寝てくれないか・・・」 そういう桑原の声量は後半は小さくなっていく。 彼は恥ずかしかったのか胸に抱きし締めているクッションに顔を埋める。 それを見て、高岡は内心身悶える思いだった。 (かわいすぎるんだが) 「大の男が女々しい事言ってる事は分かってるんだ」 恥を忍んで頼んでいるらしい。 「でも、引っ越してきて一人で眠ってから、ぜんぜん眠れなくなって」 それで毎日眠そうにしていたのか・・・ 高岡は頭をワシワシと掻いて、 「俺といると眠れるってことですか」 「・・・そうだ」 気持ち悪いと言われるかもしれないと中々言えなかった。 でも・・・ 「そんなのセンパイがよければお安い御用ですよ」 「え、いいのか?」 「もちろん。早く言ってくれればいいのに」 「気持ち悪くないのか?大の男が」 「今更何いってんですか?そんな遠慮する間柄でもないでしょ?こっちはさんざん世話焼いてるんだから」 とふふっと笑う高岡。 「ただ、その・・・別の意味で一緒のベッドで眠るのは緊張しますけど」 「別の意味?」 「何でもないです」 コソッと独り言をいった高岡の言葉に疑問符を浮かべる桑原。そんな彼の頭を撫でながら、 「俺には甘えてください」 と優しく笑ってくれた。 その日は高岡は桑原のベッドに入ってくれた。 そんなある夜。 「センパイ、おつかれさまです」 「おう」 「今日はセンパイ何食べたいですか?」 「何でもいいよ」 桑原の返答に高岡は、困った顔をして、 「そういうのが1番困るんですよね〜」 桑原はははっと笑い、 「お前の好みでいいよ」 高岡は笑顔の彼を見て嬉しくなり、 「じゃあ…」 などと会話しながら会社を出ると、 「久しぶり」 出てすぐの場所に、桑原の父が立っていた。 桑原は一瞬で緊張が走る。 「会社には来るなと言ってるだろ」 「そんな事言ったって、知らないうちに引っ越してるくせに」 いやだ。 もう関わりたくない。 桑原の心がまた闇へと沈んでいく。 すると、 高岡は桑原を庇うように、一歩前へ出て、 「センパイには接触しないでくださいといいましたよね?」 桑原の父に向かって語気を強める。 (え?) その言葉に疑問符を浮かべたのは桑原だった。 「どういう事だ?」 桑原は高岡の肩を掴んで彼の目を見る。 高岡は桑原の父を見つめたまま、 「先週うちの前に来てたんです。センパイをつけてきてて家を特定したって。」 家は父にバレていた。 それにもショックを受けるが、何より高岡と父が接触していた事の方が大きい。 「まさかお前…金渡して追い払ったのか?」 その言葉に、 「いやー、金払いが良くて助かったよ」 答えたのは父だった。 「これじゃ何の解決にもならないだろ!」 と言って、その場から走り去る桑原。 「センパイ!」 高岡も追いかけようとするが、 桑原の父を睨んで、 「センパイには言わない約束でしょ」 「ちょっと」 「あなたも親なら、子どもの気持ちを考えてください!」 走っていく2人を見送りながら、肩をすくめる父。ゆっくりと姿を消した。 「センパイ!」 家のドアを開けると、玄関で桑原が立ちつくしていた。 肩を震わせて。 「お前、あいつに金渡してたのか?」 「はい…」 「俺がどんな気持ちで今まで悩んできたか知ってるのに?」 「はい」 桑原は高岡の方を見ない。 できれば内緒にしたかった。 知られればきっと桑原は怒るから。 高岡は胸が締め付けられた。 桑原が泣いていたから。 「ごめんなさい。言ったらきっとセンパイは怒ると思って」 当たり前だ。 桑原は悔しくて涙が止まらない。 「なんでこんな事した?」 その問いかけは、 高岡にとって愚問だった。 どうして? そんなの決まってる。 「好きだから」 桑原の涙が一瞬止まる。 「センパイの事が、この世で1番大切だから。だからあなたを脅かすものを遠ざけたかった」 高岡の言葉には淀みがなかった。 まっすぐに心からの、思いを伝えていた。 「あなたを守りたかった。どんな手を使っても・・・!」 高岡は魂から叫んでいた。 その言葉に、再び涙が溢れてきて桑原は自分の部屋に飛び込んだ。 そして大きな声で泣き叫んだ。 それを聞いて、高岡は玄関に崩れ落ちた。 自分の行動がよけいに彼を傷つけた。 自分はある程度の線引を超えておせっかいを焼いていた。 でも、 黙ってられなかった。 自分を必要としてくれた人だから。 翌朝、 桑原は一人自分のベッドで目を覚ました。 いつのまにか泣きつかれて眠ってしまったようだ。 まるで自分は子どもだ。 それに気が付いたことがあった。 高岡の行動に怒ってるんじゃない。 彼を巻き込みたくなかった。 自分の闇を背負わせたくなかった。 なのに、彼は簡単に踏み込んで行動していた。 (こんな俺のために・・・どうして) 『好きだから』 彼のその言葉を思い出す。 「・・・」 桑原は無言でベッドから起き上がった。 部屋を出ると、テーブルの上に朝食が用意されていた。 そこに添えられたメモには、 『おはようございます。仕事が残っているので先に行きます。 昨日はごめんなさい。帰ったら話をしたいです。 朝食は食べてください。高岡』 そのメモと、テーブルの上に置いてあるおにぎりと卵焼き。 そしてお味噌汁。 彼の美味しい朝ご飯。 桑原は黙ってそれを食べた。 会社にて、 営業の高岡はこの日から、会社で大掛かりに動くプロジェクトに参加しているらしく、 バタバタと社内と動いて、全く会うことが出来なかった。 最近は仕事も負担が減ってきた。 桑原の顔を見た向かいの席の同僚である笠巻は、 「そういえば最近桑原、顔色良いな。今日は寝不足っぽいけど」 「あー、そうだな。確かに最近仕事を無駄に押し付けられないから負担は減ったかな」 「だよなー、今までは皆無遠慮にお前に雑務押し付けてたし」 「まあ。でも急になんでだろって思ってた」 「ああ、それは高岡が部長に打診したからだよ」 「え?」 笠巻の言葉に、桑原は一瞬で動きを止めた。 「高岡が?」 「うん。お前が前に倒れた時に、確かにうちの部署の営業は忙しいけど、本来自分たちがするべき雑務まで一人に任せるのはおかしいって」 「え・・・」 桑原が知らない所で、高岡は彼のために動いていた。 笠巻は色々思い出しながら、 「入社してからずっとお前に雑務を任せてて、やり方知らないヤツには高岡が一からやり方を教えて回って、自分は桑原に教えてもらったから出来るんですよって」 知らなかった高岡の行動に、彼の言葉を思い出す。 『センパイの事が、この世で1番大切だから。だからあなたを脅かすものを遠ざけたかった』 彼の言葉は本心だった。 それに伴い行動も、すべて彼のため。 「・・・あいつ」 桑原はなんとも言えない顔をして、 椅子の背もたれに身を預けた。 「お前のためにそれだけ動けるなんてさ、俺なら惚れちゃうなぁ」 冗談めかして口にする笠巻の言葉に、 桑原は高岡の顔を思い出しながら、 「・・・もうなってるよ」 小さくつぶやいた。 「え?」 「何でも無い」 桑原は言及することなく、仕事を再開した。 昼休憩に時に、桑原は電話をかけた。 「父さん、今日話そうか」 『ああ、ありがとう。お前はいい息子だな』 「そういうのいいから」 その夜、ある飲み屋で食事をしながら。 「父さんは今何やってるの?」 桑原が食事に付き合うのは初めてだった。 それをみて父は和解出来るものと思っているらしく機嫌がいい。 「年齢もあるしな、日雇いの仕事してるよ。でも借金には足りなくてな」 こんな事を言っているが、本当はギャンブル依存症なことは知っている。 それのせいで母親は苦労していたと、めったに会うことのない遠い親戚に聞いている。 「お前が一人前の社会人になっていて、父さんは嬉しいよ」 などと言ってくる。 綺麗事はもうたくさんだ。 食事を終え、 桑原は一つの封筒を差し出した。 「これは?」 「俺が社会人になって貯めた貯金全財産」 父は封筒の中身を確認すると今まで一番紙幣が入っていた。 「300万ある」 高卒の自分には、これが精一杯。 「貸してくれるのか」 「返さなくていい」 「お前なんて優しい・・・」 「その代わり」 喜ぶ父とは対象的に、桑原は冷静に、 一枚の書類を差し出した。 「これを受け取るなら、今後一切俺と、俺の身近な人達に関わらないという念書を書いてほしい」 桑原は、父との決別を決意した。 父は黙って、サインをした。 それからどう帰ったかは覚えていない。 「・・・ただいま」 家の玄関を開けると、玄関には高岡が体躯座りをして待っていた。 よく見れば、スマホには高岡から何件かの着信が入っていた。 「センパイ!」 眠っていたのか高岡は桑原に気がつくとかばっと跳ね起きた。 「心配してたんですよ!こんな遅くまで・・・会社にもいなかったし」 探してくれていたようだ。 「・・・センパイ?」 黙っている桑原を見て、言葉を飲む高岡。 桑原は静かに玄関に崩れ落ちた。 「・・・大丈夫?」 心配する高岡。 「父さんと・・・縁を切ってきた」 ぽつりとつぶやく。 桑原はそのまま続ける。 「前を・・・向くために」 そう言って笑う桑原は大粒の涙を流していた。 いろんな葛藤があっただろう。 たった一人の親との縁を切って、自分にはもう一人になってしまったと。 「センパイ」 高岡は彼の肩を抱きしめた。 力強く。 「センパイは一人じゃないでしょ」 「・・・」 「俺がいるよ」 「高岡・・・」 「俺が絶対一人になんてさせない」 彼の思いがこれ以上ないくらい伝わってくる。 高岡が動く時はいつも桑原のためだった。 仕事でも、プライベートでも。 「俺も、お前と一緒にいたい」 「センパイ・・・」 高岡はなだめるように、桑原を優しく抱きしめた。 桑原は父親と今後一切自分と関わらないという制約書を交わしたこと。 今後会社や自宅に近づく事があれば警察に通報する事を伝え、父も了承したという。 それを聞いて高岡は、 「俺は…小さい頃に両親を亡くして、祖父母に育てられました。だから最初は…どんな形ても親が生きてる事は、俺にとっては少し羨ましいと思ってたけど」 高岡は俯いたまま、 「始めてあなたの父親と話した時に、そんな甘い考えは吹き飛んだ」 ただ真っ直ぐに、桑原を見つめて。 「ただあなたを守りたかった」 彼の手を取って愛おしそうに握りしめる。 「あなたの選択は、間違ってない」 その言葉だけで彼を包む。 「だから自分を責めないで」 その言葉に、桑原は自分でも気が付かないうちに、涙を流していた。 本当の家族だって、 許せないことはある。 分かり合えないこともある。 でも、憎みたくても 憎みきれない。 でも桑原は縁を切った。 次に進むために。 数日後。 「あいつ最近変わったな」 会議が終わってオフィスに戻る最中、 桑原の同僚の笠巻が、隣を歩く高岡にそういった。 「あいつって?」 「桑原だよ。前は 部署の奴らと業務以外では話さなったのに、話しかけたら答えるようになったり、業務で質問される事が増えたし」 「そうですね」 といいながら、オフィスに戻り、2人は桑原を見つめた。 同僚に仕事を教えてやっている所だった。 「ホント・・・良かった」 嬉しそうな顔をする高岡に、 「・・・お前は理由を知ってるんだな」 「え、あ、いや」 言葉を濁す高岡を、笠巻はじとっと彼を見つめるが、 「まあ、お前がいたからかもな」 「・・・助けられたのは、俺の方です」 そう言って優しく笑う高岡に、 「のろけるな」 小さく言って、笠巻は席に戻った。 確かにあれ以来、 単純に言えば、桑原は明るくなった。 あくまで前よりではあるが。 しかしそれより、 高岡には気になる事があった。 ふと気がつくと、 桑原がこちらをじーっと見ているのだ。 高岡が1度、 「センパイどうかしましたか?」 と、聞いたことがあったが、 「何が?」 彼の返しは、決まってこれだった。 無意識なのだろうか? その週の金曜日夜。 自宅で2人で食事を終えた後、熱いコーヒーが入ったカップをソファに腰掛ける桑原に渡しながら、 「センパイ、なんか俺に聞きたいあるんですか?」 すると、いつも何がと聞いてくる彼が俯いたまま、 「お前さ、いつまで俺のことセンパイって呼ぶの?」 「え」 「桑原でいいよ」 気になってたのはそれなのか? 「え、じゃあ・・・桑原さん」 「ん」 頷く桑原。 どうやらまだありそうだ。 「まだ何かありますか?」 すると、桑原は手にしてたカップをテーブルに置き、そっぽを向きながら 「いつまで、何もしないのかなって…」 小さくつぶやいた。 「え?」 聞き返すと、 「お前、…いつまで俺に手出さないのかなって」 よく見ると、桑原の顔が赤くなっていた。 その態度に、一瞬混乱するが、 彼の言葉の意味を理解した瞬間、 高岡も赤くなった。 「え!?」 おもわず大きな声を上げて、テーブルに手をついて立ち上がる高岡。 心の底からヒックリしているようだ。 「手出して・・・良かったの?」 すると桑原は赤い顔のまま 無言で頷いた。 高岡はゆっくりと腰を落とし俯いて、 「えー・・・言ってよ」 「・・・言えるかこんな事」 手を出してほしいなんて相手に、平気で言えるやつがこの世界のどこにいるんだ? 高岡は頭を抱えながら、 「だって・・・一緒にいたいって言ってくれたけど、好きだとは言われてなかったから」 「・・・今考えれば、少しずつだけどお前の事好きになってた…押しが弱いんだよ」 「押しても…良かったんだ」 そう言いながら高岡はジッと桑原を見つめた。 桑原は射抜くようなその視線に身動きが取れない。 ゆっくりと高岡はソファに腰掛ける桑原の隣に座り彼の頬にキスした。 それを皮切りに、 今度は桑原が高岡の身体の上に乗り、彼をソファに押し倒し唇を奪う。 2人共身体が疼いてお互いの服を脱がせ合い、獣の様に高岡は桑原の肌を堪能する。 なめらかであったかくて乳首がエロくて・・・ 「あっ、あっ」 腰を動かす度に喘ぐ桑原に更にうれしくなる。 その興奮している高岡を、お互いの身体が繋がっているのを感じながら、 胸がいっぱいになった。 2人でイッた後・・・ いつものように肩を寄せ合って眠った。 2週間後。 「じゃあ気を付けてな」 冷静に自分を見送る桑原に、 「・・・よりによって何で今、長期の出張・・・」 せっかく両思いになったのにと、高岡は肩をがっくりとさせて玄関で嘆いた。 優秀な営業である高岡に出張がないわけがない。 「勉強になるし、キャリアアップにも繋がるんだから、がんばれよ」 「・・・桑原さんは、さみしくないんですか?」 上目遣いに弱音を吐く高岡に、桑原はため息をつき、 「たった2週間だろ」 と、彼の頭をがしがしと頭を撫でてやり、 そのまま彼の顔を自分の方に向ける。 「20代の俺達の寿命があと60年あるとして、はじまったばかりだろ?」 「・・・まあ、そうですけど。・・・ん?」 彼の言葉に一瞬納得したが、はたっと気がつく。 その彼の反応に桑原は彼の頭から手をどける。こちらから視線をそらす桑原に、 「・・・それって」 ずっと、一緒にいることが当たり前だという桑原の言葉に、 高岡は嬉しそうに笑う。 本当は桑原もさみしいと感じているが、 そんなことより、 一緒にいたいと言ってくれる人がいること。 これからも一緒にいたいと思える人がいること。 桑原にはそれが嬉しかった。 ただの同僚だった僕らは、 これからは一生 かけがえのない人になる。 終。
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