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愛しき者の失踪7

(――確かに雰囲気はまるで違うな……。当初、お前から本人かどうか分からねえと聞いた時は……そんな馬鹿な話があるもんかと思っていたが、確かにあれではお前が迷っても仕方ねえ。だが――声もそっくりだ。それに何と言ってもあの言葉じり――あれは紫月そのものだ)  そんな二人の前に茶が差し出される。そのちょっとした仕草も綺麗な形の指も紫月以外の何者でもない。 「――で? 皇帝様が俺にどんな用?」  この部屋に椅子は二つしかない。彼はベッドの淵に腰掛けると、相変わらずの冷たい無表情のままそう訊いてきた。  さすがの(イェン)もこれでは形無しだ。言葉に詰まりながらも、なんとか説明をと懸命にさせられる。 「――ああ、用というのはだな……。お前さん自身のことについてちょいと聞きたいんだ。頭取の話じゃ、お前さんがここに来たのはひと月程前だということだったが、それ以前は何処で何をしていたんだ? それを聞きたくてな」 「――何処で何を……ね。そう言われてもなぁ。俺を育ててくれたオッサンがさ――あーその人、上海で行商人やってるんだけっどもが。とにかくそのオッサンが今日からここに住んで働けって、そう言うから。オッサン、しばらくアメリカに商売しに行くとかで、もう俺とは一緒に暮らせなくなったって。これからはここで働いて一人で生きていけっつってね」 「――それでここへ連れて来られたというのか……。ではお前とその行商人の男はこれまで上海で暮らしていたというわけか?」 「そうだけど」 「――ふむ、行商人とな……。両親はどうした」  (イェン)が訊くと、彼は平然とこう答えた。 「俺がちっさい頃に亡くなった――ってオッサンが言ってた。正直あんまよく覚えてはねえけどな。住むトコ無くなって橋の下にいた俺をオッサンが拾ってくれたって聞いてるぜ」

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