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遼二とルナ5

「おめえが何をこだわってるのか知れねえが、ルナであろうが一之宮であろうが、おめえは何度出逢ってもあいつそのものに惹かれるようにできてんだ。悩むくれえならルナも一之宮も――二つの人格ごとひっくるめてとことん愛せばいい。簡単なことじゃねえのか?」 「ルナも紫月もひっくるめて……」 「そうだ。第一、ルナというあの名前だって女衒(ぜげん)が適当につけたのかも知れんが、元を正せば月――だ。一之宮紫月の月――だ。女衒(ぜげん)はヤツの本当の名を、紫月という名を知っていてルナとしたのかも知れん。それに――ここ最近のヤツを見ていると、ちょっとした言葉の節々に一之宮の性質が見え隠れしていることにお前も気付いているはずだ。だから余計にルナも愛しいと感じるんだろう」 「……(イェン)」 「ヤツは紛れもなく一之宮であって、それ以外の何者でもねえ。悩んでる暇があったら二つの人格ごと受け入れて、とことんてめえに素直になる勇気を持つことだ」  そうすれば自ずと未来が見えてくる時が訪れる。(イェン)の言葉に遼二はグイと涙を拭いながら、遠目にいるルナと冰を見つめた。  すると、ちょうど宿題が済んだのか、二人がノートを畳んでこちらに気付いたようだった。冰はうれしそうに手を振りながら『白龍のお兄さーん!』と言って満面の笑みを見せている。ノートを抱え、こちらへと駆け出す。  その姿を見つめるルナの瞳は穏やかで、時折クスッと笑むような仕草が見て取れる。 「おい、あんま急いで転ぶなよ」 「う、うん! ルナお兄さんに教えてもらったとこ、白龍のお兄さんにも見せてあげたいの!」  冰はルナを振り返りながら、『ルナお兄さんも早くー!』といった調子で駆けてくる。 「ふん、しゃーねえヤツだな」  催促されるままに早足になったルナの笑顔にドキリと胸が高鳴り、まるで鷲掴みにされるように苦しくなる。  ただ苦しいのではない。甘く痛むような苦しさだ。  隣に座っていた(イェン)が立ち上がり、仔犬のように駆け寄って来た冰を両の手で受け止めた。それにつられるようにして遼二もまた椅子から立ち上がる。  (イェン)が冰を受け止めたように、もしもこの手でルナを抱き締めたならどんな気持ちになるのだろう。そんな想像にぼうっとしていた時だった。 「あれ……? 遼センセ、今日はなんか元気ねえのな?」  ハタと我に返れば、ルナが白魚のような手を差し出しながら頬に残った涙の痕を見つけて首を傾げていた。 「……もしかして泣いてた? 目ェ真っ赤だけど……」  心配そうに覗き込んでくる。遼二は慌ててしまった。 「おい、皇帝様! アンタ、まさか俺ン遼センセを泣かしたんじゃあるめえな?」  怪訝そうに焔に視線をくれてルナが凄んでみせる。 「バ、馬鹿ぬかせ! 何だって俺がこいつを泣かさにゃならんのだ。……ッと、虫だ! そう、虫! 割合でっけえ虫がこいつの目に直撃してな……。そんでもって……」  タジタジながらも咄嗟にそう繕った焔に、ルナの方は『本当だろうな?』と片眉を上げる。 「いくら皇帝様だって遼に手ェ出したら、この俺が黙っちゃいねえぜ」  半ば冗談のように不適な笑みを見せたルナのその仕草、少し斜に構えてニヤッと笑うその表情、それはいつだったか遠い昔に見た紫月の高校時代を彷彿とさせるようなものだった。まるで黒い学ランを纏った彼がすぐそこにいるような感覚に襲われる。  今まで目の前を覆っていた深く濃い霧がみるみると晴れてゆき、辺りの景色が鮮明になっていくような幻影が浮かぶ。遼二は大きく瞳を見開いたまま、しばし呆然としたようにルナから視線を外せずにいた。

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