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遼二とルナ7
「ルナ――ッ、俺がおめえに床技の実践をしねえのは……」
「好きなヤツに申し訳ねえって思うから――だろ?」
「違う――ッ、そうじゃなくてだな……」
「違わねえべ? なのにそんなさ、こんなふうに……やさしくされたらさ……。俺……辛くなるべ。誰かを好きになっちゃいけねえ男娼なのに……こんな……ッ」
ポロリ、ルナの瞳から大粒の涙が出てこぼれて落ちた。
「ルナ――! 違うんだ! 聞いてくれ! こっちを――俺を見て、聞いてくれ」
抱擁を解いてルナの両肩をがっしりと掴みながら遼二は言った。
「今夜、俺は――お前にこのことを打ち明けようと思っていたんだ。俺が愛している男の腕にはガキの頃に刀の先で切った傷痕が残っている。太腿には大きなホクロ……」
遼二はルナの腕を掴んで寝巻きを捲り上げると、彼の左腕にある古い傷痕を見せた。
「お前が初めてここに来た日に俺はお前の身体を確かめただろう? お前の太腿にも同じホクロがあった。紫月と瓜二つ、寸分違わない位置に同じ形のホクロだ」
「……どういう……ことだ?」
「紫月は四ヶ月前のある日、突然姿を消したんだ。俺は必死に方々を捜し回った。そんな中、友の周焔 からこの城壁内で紫月を見掛けたと連絡があった。駆け付けてみれば紫月にそっくりなお前がいたのだ」
「……じゃあ、俺……俺はいったい……」
「俺たちはお前が紫月だと確信した。おそらくはお前をここに連れて来た行商人の男に拐われて、その直後に記憶を奪われたのではないかと想像したんだ」
「記憶って……それじゃ俺は……」
「俺は焔 と共にお前を手元に置いて……とにかくは男娼にさせぬ為に皇帝の邸へと連れて来たんだ」
あまりの驚きでか、ルナは呆然としたように瞳を見開いたまま、瞬きさえもままならずにいる。
「当初――俺はお前の記憶が戻ることを祈って……共に過ごすことを決めた。行方不明になっていたお前が見つかっただけで安堵の思いだった。だがな、ルナ――。俺はお前と過ごす内にお前のことが、ルナというお前のことが愛しくて堪らなくなってしまった。紫月への想いを忘れたわけじゃねえが、お前のことが頭から離れなくなって……悩んだ。紫月を裏切って、別のルナという人間に惹かれ始めている自分が怖くて堪らなかった。床技の実践と称してお前を抱いてしまおう、何度そう思ったか知れねえ。だができなかった……んだ」
「センセ……」
ルナはどこか安堵したような面持ちで遼二を見つめた。
「けど……けどさ、じゃあ俺はその紫月っていう人と同一人物ってことになるんだろ? ってことはセンセの好きだった人と同じ……つか、俺がセンセの恋人だったってことになる……んだよね?」
心なしか嬉しそうに頬を染めてモジモジと腕の中でうつむく。そんな様からは彼の方にも同じように好意が芽生えていることが手に取るようだった。初めて会った日とはまるで別人のように感情の起伏を見せるようになった彼の肩を抱きながら、遼二はハタとあることが頭を過って瞳を見開いた。
「――! そうだ、ルナ! お前さん、例の行商人の男について何か覚えていることはねえか? 例えば一緒に暮らしていた時に何か薬物のようなものを与えられたとか……」
「薬物?」
「そうだ。お前はこの容姿といい身体的特徴といい間違いなく紫月だ……。とすれば、その行商人によって何らかの薬かなにかを盛られて記憶を奪われた可能性が高いんだ」
どんな些細なことでもいい、覚えていることはないかと訊く遼二に、ルナもまた思い出したように瞳を見開いた。
「……薬か。そういえば……」
「何か心当たりがあるのか!?」
思わずルナの腕を取って身を乗り出す。
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