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動き出した歯車3

 翌、早朝になると鄧から分析結果が出たとの知らせが届いた。 「老板、やはりこのお茶には茶葉以外の異物が含まれておりました」 「やはりか――!」  焔らも結局ルナからいろいろと話を聞いたりしている内に、三人で夜を明かしてしまったのだ。鄧もまた、寝ずの調査で分析を急いでくれていた。 「ですが老板、肝心の混ざっていた物の正体が分かりませんでした。ひとつひとつの成分は判明したのですが、それを組み合わせると人体にどのような影響を及ぼすのかが分かりかねます。そこで、ドイツにいる私の知人に意見を仰ぎたいと思うのですが」  鄧の学生時代の友人で、今はドイツの大きな病院に勤めている医師だという。 「クラウス・ブライトナーといって、非常に優れた医者です。これまでにも新たな薬の開発に尽力するなど、ドイツのみならず世界的にも認められております。彼ならば完全にとはいかなくても、ある程度この薬物の正体を予測できるかも知れません」  焔の許可を得て、鄧は早速に分析結果をドイツのブライトナー医師の元へと送った。  まだパーソナルコンピュータなどが流通していないこの時代、ファックスでも最新の技術であったが、何とそれを見たブライトナー医師からは、そう時を待たずして返事が届いたのである。  それによると、ルナに盛られたものは神経系等に作用する非常に危険な薬物であるということが判明した。 「身体的にはまったく影響がないそうで、無味無臭。記憶を奪い、摂取し続けると自我さえ失くすという代物だそうで、どうやら人間を戦闘用のロボットとして使う為に開発された極秘薬物のようです。今はまだ試作段階のはずだとのことで、ヨーロッパではその薬の効き目が実際どのように表れるのかという実験が行われて、医学会でも問題視されているとか」  ただし、薬の開発に関わっている機関が厄介だそうで、実のところは医学会の中でもその正体が掴めていないという。おそらくは軍や国といった手の届かない大きな部分での機密事項であるらしかった。とすれば、例の行商人の男というのはその試作に関わる実行部隊という可能性も出てくる。 「では――ヤツは女衒などではなかったということか」 「そうかも知れんな。いきなり戦闘用のロボットとして|戦場《いくさば》に駆り出すのは難しい。だからヤツは方々で見目の良い若者を拐っては遊女や男娼として売り飛ばしながら薬の効果を試していたのかも知れん」  拐ってきた若者に薬を投与し、色を売るなどという普通ならば嫌がるだろうことに素直に従うかどうかを試していたということだ。紫月はたまたまどこかで目をつけられて拉致されてきたということになるのだろう。 「だんだんと駒が揃ってきたな。あとはその男がどうやって一之宮をここまで連れて来たかという裏が取れれば言うことなしなんだが――」  そんな話をしていると、家令の真田がやって来て、客人が訪ねて来たことを告げた。驚くべきか、なんとそれは遼二の父である鐘崎僚一であった。

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