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動き出した歯車4

「親父――! どうして……」 「すまん、日本を発つ前に連絡を入れるつもりだったのだがな。それよりも紫月を連れ去った男の正体がようやくと分かってきたのだ」  僚一は息子の遼二がここ香港から送った情報を元に、紫月が行方不明になった前後の渡航記録などを詳しく調査してくれていたそうだ。 「時間が掛かっちまってすまなかった。紫月と共に男が搭乗していて、二人が連れ立って日本を出国した記録が見つかった。遼二が知らせてきた紫月の名前は『程ルナ』だったな。その線で調べを進めていたんだが、実は偽名だったようだ。搭乗記録にはまったく別の名で登録されていたが、顔写真で紫月と判明したんだ」  紫月のパスポートも当然か偽造だったようで、それゆえ突き止めるまでに時間が掛かってしまったのだそうだ。 「紫月を拐ったと思われていた行商人なる肝心の男だが、ヤツ自身は来日しておらず、ここ香港で紫月が到着するのを待っていたようだ」  整理すると経緯はこうだ。まず日本で紫月の容姿に目をつけた別の誰かが彼を拉致して例の薬物を盛り、その後一週間程は日本国内に滞在していたらしい。紫月の記憶が曖昧になった頃合いを見計らって日本を脱出、香港へ連れて行き、例の行商人なる男に引き渡したという流れだそうだ。 「拉致から一週間は日本国内に潜っていたことから渡航記録を追うのに難儀してな。突き止めるまでに時間を要した。おそらくここ香港に着いた時点で紫月の記憶はほぼ失われていたのではないかと推測される」  それからまた数日を掛けて行商人を名乗る男が紫月に薬を盛り続け、幼少の頃からのでっち上げの記憶を刷り込んだと見られる。完全に自我を失くしたことを確認後、この九龍城内の遊郭に売り飛ばした――とまあそういった経緯であった。  焔と遼二も紫月に盛られた薬物の件でこれまでに分かってきたことを説明する。僚一の方でも既にその薬物が世界各地で出回り始めたという噂を耳にしていたそうだ。 「その薬が開発されていることは少し前から裏の世界でも話題に上がっていてな。今は試作段階だそうだが、本格的に出回る前に何としても止めねばならん。現段階では確たる証拠が上がっているわけではないのだが、おそらくその薬を開発していると思われる組織の目星はついた。デスアライブという裏の世界の中でも特に厄介と言われている組織だ」 「デスアライブだって……? 唯一実態が掴みきれていないというあの組織か」  焔と遼二も驚きに目を剥いて互いを見合う。 「そうだ。デスアライブ、通称DA――。死んでいるのか生きているのか実態が見えないと言われて悪名高い組織だ。俺たちの間では開発中のその薬物のことを組織名と同じDAと呼んでいる」  今回、たまたま紫月が拐われたことで組織の実行部隊のやり口が見え掛けてきたわけだが、薬の開発という点からしても医学の知識を持った有能な化学者などを抱き込んでいると見て間違いない。他には行商人の男らのような者が数多く存在するはずだ。 「そこでだ。既に焔の親父さん――周隼にも話をして承諾を得たが、俺はしばらくここ香港に本拠地を移すことに決めた」 「|香港《ここ》に本拠地を移すだって……?」  突然の父親の言葉に遼二はめっぽう驚かされてしまった。

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