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動き出した歯車5

「おそらく紫月をここに連れて来た行商人を名乗る男、そいつは今後もこの城壁内の遊郭へ薬物の効き目を確かめる為に遊女や男娼を売りに来ると踏んでいる。もしかしたら紫月の他にも既にここの遊郭に連れて来られた者たちがいるかも知れない」  それゆえまずはここの遊郭内をくまなく調査し、紫月が盛られたものと同じ茶葉や薬物を所持している者がいるかどうかの調査から始めるという。と同時に再びその行商人なる男が現れる機会を窺おうということだそうだ。 「遼二、お前にもここへ残ってもらい調査に加わってもらうことになる。日本からは組番頭の源さんはじめ、幹部連中にも幾人かこちらへ移動してもらうつもりだ」  組番頭とは長の僚一を支える要中の要、いわば右腕となる側近である。名を東堂源次郎といい、四半世紀以上に渡って組の台所を預けてきた精鋭だ。年は僚一より十ほども上だが、忠義に厚く、仕事の点ではむろんのこと、今は若頭となって立派に成長した遼二のことも生まれた時から心血注いで育ててくれた親も同然の人物であった。 「源さんまで香港に……。ってことは……日本の邸を畳むってわけか?」 「いや、組員を二手に分けて日本でも同様にDAの洗い出しに努めてもらう。現に日本国内で紫月が拉致されているのは事実だ。今後も同じ手口が使われるだろうことは容易に予測がつく。警視庁とも連携して出入国記録を徹底的に見張り、洗い出す方向で調べを進める算段だ」  驚かされたのはそれだけではない。何と紫月の父親の一之宮飛燕も共にこの香港へ引っ越して来るというのだ。 「当然のことながら飛燕も紫月のことを心配していてな。道場の方はこれまでも住み込みで手伝ってくれていた綾乃木天音に任せて来るそうだ。飛燕にはこの城壁内で道場を開いてもらい、俺たちも組事務所を構える。焔の親父さんの話では今ある焔の邸の裏手には広大な空き地が余っているそうだな? そこに組と道場を新設させてもらうことになったのだ」 「組と道場を新設って……じゃあこれから本格的にここへ住むつもりなのか?」 「そういうことだ。あの闇組織をぶっ潰すまでは長丁場となることが想像される。十年二十年でカタがつけば御の字と踏んでいる」  もしかしたらそれ以上掛かることもあるだろうという。つまりほぼ永住の覚悟を以ても必ず潰さなければならない相手だというのだ。 「厳しく長い闘いになる。お前にも紫月にも生まれ育った国を離れて苦労を強いるが、あのような闇組織をはびこらせるわけにはいかんのだ。誰かが腰を上げねば十年後二十年後、しいてはその先の未来が悪人どもに泣かされる世の中となってしまう」  どうか意を汲んで理解してくれるようにと言って僚一は頭を下げた。

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