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共に歩む未来へ2

「先生……」 「もうあと一週間もすればお前の――紫月の親父さんもこの香港へ引っ越して来るそうだ。学生時代のアルバムなんかも持って来てくれるそうだからな」  それを見れば何か思い出すことがあるかも知れないと言って穏やかに微笑む。 「アルバム……か。ってことは、もしかしてセンセも一緒に写ってたりする?」 「ああ、もちろんだ。俺とお前は四六時中一緒に過ごしていたからな。誕生日会の写真や道場での夏合宿の時のなんかもあるだろうよ」 「へえ、誕生日かぁ。そういや俺、自分の誕生日なんて考えたことなかったな……」  いつ生まれたのかも知らないし、年齢さえも行商人の男からは聞かされていなかったことに気付く。 「お前が生まれたのは二月の二日、二のゾロ目の日だ。月が紫色に輝く晴天の晩だったそうでな。それで親父さんはお前に紫月と名付けたんだそうだ」 「そうなんだ……。二月二日か……」 「お前が生まれた日、道場の庭には紅椿の花が満開を迎えていたそうでな。当初、ご両親は椿という文字を含んだ名にしようかと思っていろいろと案を考えていたそうだ。だが、お前を生むと同時にお袋さんは病でこの世を去られたんだ」 「お袋が……? じゃあ俺……母ちゃんいねえん……だ?」 「椿の花ってのは咲いたまま首を落として散るという。お前を生み落としてすぐに亡くなったお袋さんを思うと、椿という名にはできなかったのだと親父さんから聞いたことがある」 「それで紫月になったんだ……?」 「お袋さんの名は泪さんだった。亡くなる直前に空に浮かんだ月を見上げて言ったそうだ。涙をいっぱいに溜めて――とても綺麗な月夜ね――ってな。まるでその月を掴まんと手を伸ばして、そのまま眠るように逝ったと。だから親父さんはお前に紫月という名をつけたんだそうだ」  遼二は自らの寝巻きの袷を開くと、グイとそれを引き摺り下ろしてルナに見せた。 「わ……! すげ……。それって刺青……?」  逞しく筋肉の張った肩先から腕にかけて大輪の紅椿が彫られていた。 「この彫り物は――親父の作った組を継いで極道として生きていくことを決めた時に入れたものだ。お前の生まれた日に、その誕生を慶ぶかのように咲き誇っていた満開の紅椿の花――。ご両親が、お前が生まれたらその名に一文字入れようと心待ちにしていた椿の文字――。俺はそいつを生涯この肩に背負って生きていきたいと思ったからだ。お袋さんが、あれやこれやと楽しみにしながら……大きなお腹を抱えて考えていたお前の名を――決して消えぬ形としててめえの身体に刻みたい。そう思ったんだ」 「先生……」  ポロリ、ルナの瞳から大粒の真珠の様な涙が頬を滑って落ちた。 「ルナ、そして紫月――。俺は心の底からおめえを愛している。てめえの命よりも、この世に存在するどんなものよりもおめえが大事だ。おめえがいなけりゃ俺はただの抜け殻だ」 「先生……ッ、俺……」  ボロボロとこぼれる滝のような涙で肩に咲いた紅椿の花びらを濡らさん勢いでしがみついた。 「俺……俺も……ッ、センセとここで暮らす内に……センセのこと……好きンなって、もう男娼になんかなりたくねえって思って……。辛かった。苦しかった。センセや皇帝様や、冰君や真田さんと離れて遊郭に戻される日がいつ来るんだろうって……ビクビクしながら……」 「ルナ――ッ」  堪らずに遼二は腕の中の華奢な身体を抱き締めた。

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