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共に歩む未来へ3

「もう何も心配は要らねえ――! 俺は――俺たちは二度とお前を離さねえから安心して側にいてくれ!」 「ん……、うん! 俺、きっと思い出せるように努力する。だってよ、知りてえじゃん? 俺が先生や親父さんたちとどんなふうに過ごしてきたのかってことをさ。時間は掛かるかも知んねえけど、きっと思い出せるって信じてがんばるからさ」 「紫月……! ルナ! ああ、ああそうだな。共に過ごす内にきっと思い出せる時がくる。だからお前は心配しねえで――、無理に思い出そうと苦しまねえで、お前のままでいればいいんだ」  そっと――額と額を重ね合い、そのまま触れるだけのキスを交わす。 「ルナ――お前の心が覚えていなくてもお前の身体は覚えているはずだ。記憶はなくともお前が日本語を覚えていたように、お前の身体は俺を覚えているはず――」  初めて情を交わしたのはいつだったろうか。あれは紫月が高校に上がって間もなくの時だった。 「場所はおめえの部屋だった。土砂降りの雨の宵だ。親父さんと住み込みの綾乃木さんは道場関係の組合の旅行に出掛けていて、その日は帰らないと分かっていた。お前一人で留守番をさせることになるからって、親父さんから泊まりに来てやってくれと頼まれた」  そんな日に、まるで目を盗むようで戸惑いもしたのだが――と遼二は言った。 「俺が二十歳、お前が十六の時だ。互いに若かったからな。親父さんの信頼を裏切っちゃいけねえという思いも……てめえの欲情には勝てなかった。俺は夢中でおめえを抱いたんだ」  初めてのことだし勝手も分からず、紫月にはかなり負担を掛けてしまったことだけは鮮明に覚えている。 「それでもひとつになれた時はうれしくてな。おめえはめちゃくちゃ痛がって、ボロボロ涙を流したっけ。けど――それでもうれしいっつって俺にギュウギュウしがみついてくれてた。愛しかった――。この世にこんな幸せなことがあるのかと思った」 「先生……」 「その日をきっかけに俺たちは夢中になって情を重ねた。時には俺の部屋、時にはお前の部屋。だが一番多かったのはホテルだったな」  何せ互いの部屋ではいつ誰に見つからないとも限らない。わざわざ家から遠く離れた都内のホテルまで行ったりして、親の目を盗みながらの情事は窮屈なものだと思っていたあの頃が懐かしいと言って遼二は笑った。双方の親たちにそんな自分たちの関係を打ち明けたのは、紫月が高校を卒業した春のことだったそうだ。 「俺たちはものすげえ緊張してな。心臓がはち切れそうになりながら親父たちに打ち明けたんだ。俺たちは男同士で――おそらくは認めてもらえねえかも知れないと前置きした上で、それでも二人で生涯を共にしたいんだと云ったんだ。そうしたら――何のことはねえ、親父たちからはとっくに気がついていたと言われてな。おめえの親父さんは……まだ高校生のガキがマセた真似しやがってって笑ってくれたが、俺の方は親父に頭小突かれたっけ。紫月を傷モンにした責任は生涯彼を愛し抜くことで償えと言われてな」  まあ父の僚一も二人が決していい加減な気持ちではないと信じてくれていたようだが、それでも紫月の父親の手前、そんなふうに叱咤激励したのだそうだ。  だが、紫月の父親の飛燕はそういった僚一の気持ちも含めて全てを理解してくれていたそうで、『まあ、そう怒るな』と言って僚一を宥めてくれたそうだ。そして、若い二人を信じてやろう、世間がどう言おうと俺たち親だけは二人をあたたかく見守ってやろうと言ってくれたのだそうだ。

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