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皇帝の縁談4

 その夜、ルナは遼二に昼間のことを打ち明けた。 「――そうか。冰がそんなことをな」 「なあ、遼。遼はどう思う? 俺は――仮に皇帝様が結婚することになったとしても、冰君たちを追い出すようなことはしねえんじゃねえかって思うんだけど……」 「ふむ――まあ、あいつも縁談話ははっきり断っているようだしな。周囲のお偉方が世話を焼いているだけで、あいつにはまだ当分そんな気はねえだろうからな」 「だよな。俺もそう思う。ってかさ、俺思うんだけど――皇帝様って冰君のこと好きなんじゃねえかなって。別に根拠はねえけど、何となくそんな気がしてたっつーか、俺がここに来た頃からすっげ大事にしてるのは感じてたし、二人の様子見てるとお似合いっていうかさ。漠然とそんなふうに感じてたような気もしてさ」 「そうだな。周焔(ジォウ イェン)が冰を大事に思っているのは確かだ。ここへ来たばかりの頃にあいつから聞いたんだが、冰は周ファミリーに与する末端の者たちが起こした抗争によって両親を亡くしたとのことだった。(イェン)はそのことに責任を感じて冰を引き取ったそうだが、その時えらく不憫に思ったんだそうだ。あいつ自身もお袋さんがお妾だからという理由で、ファミリーの中で何かと気苦労をしてきたそうでな。むろんあいつの両親や兄貴は実子も妾腹もなく本物の家族としてやさしく接してくれたんだそうだが、周囲にはそれを快く思わない連中も多少なりといたようだ。ヘンな話だが、毒殺などを企み掛けられたこともあったそうだ」 「毒殺……!? 頭領の息子を毒殺しようってか? いくらお妾の子だからってそんな……」  ルナは驚いていたが、それが事実だ。  そんな連中を説得する為にも父の周隼(ジォウ スェン)(イェン)にこの城壁内の統治を任せ、実質的にはファミリーの元から切り離すことで(イェン)の安全を図ろうとしたのだという。上手くこの城内を治められれば(イェン)の実力も示せることだし、うるさい連中を黙らせることもできよう――と、まあそんな理由だったらしい。 「両親を亡くした幼い冰がこんな――と言っては語弊があるが、いわば歓楽街とも闇とも言われているこの城壁内に引越して来て隣人の爺さんが育てていたわけだ。(イェン)はそんな冰に自分を重ねていたのかも知れん。何があってもこの子供にだけは辛く寂しい思いをして欲しくないと強く願ったそうだ」 「それで……皇帝様が自ら冰君を引き取って育てることにしたってわけか」 「そのようだ。まあ冰もあの通り素直でやさしい性質だからな。共に暮らす内に愛情が芽生えたとしても不思議はない。それが俺たちのような恋情だとは限らないが、(イェン)が冰をことの他大事に思っているのは事実だろう」 「そっか……。そう言われてみれば冰君の方も……単に頼る相手っていうよりは皇帝様にそれ以上の気持ちを抱いているようにも感じられるな」 「お前の目から見てそう感じるか?」 「うん……。だって冰君、ものすごい寂しそうなツラしててさ。あれは……自分がここに居られなくなるかも知れないっていう不安の気持ちより皇帝様の側を離れるのが辛いっていうふうにも思えてさ」 「――ふむ。一度(イェン)に俺から気持ちを聞いてみるか」 「皇帝様が冰君のことをどう思ってるかってこと?」 「ああ、まあそんなところだ」  親友の遼二にならば(イェン)も素直な気持ちを打ち明けてくれるかも知れない。ルナは期待に祈るような心持ちでいるのだった。

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