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皇帝の縁談5
その翌日のこと――皇帝邸では海外からやって来た要人をもてなす大々的な祝宴が催されることになっていて、城内はいつにも増して慌ただしい雰囲気に包まれていた。
いつもは皇帝側近の李 か劉 が担当していた冰の送迎だが、あいにく要人らの接待に追われ、二人共に手が空かないという状況であった。そろそろ冰の授業が終わろうという時間帯には夕刻を前にして続々と要人が到着し、その接待で猫の手も借りたいほどの忙しさだった。
そんな状況を気の毒に思ってか、今日は家令の真田が冰を迎えに行くことになったのを聞いたルナが、それだったら自分も一緒に行こうと申し出た。
「申し訳ありません。真田さんやルナさんにもお手を煩わせてしまって……」
李と劉は恐縮していたが、実際助かることに変わりはない。皇帝自身は要人に囲まれて身動きすらないできない状況だし、遼二も要人の警護ということで焔 と共に奔走中である。まあ学園まで迎えに行くだけならさして危ないこともなかろうということで、ここは真田らの厚意に甘えることになったのだった。
真田としても若いルナが一緒に行ってくれるというので安心である。二人は揃って冰の通う学園まで出向くこととなった。
そろそろ授業が終わる時間帯、ルナは道場に立ち寄り、実父の飛燕 にひと言出掛ける旨を告げた。
「お父さん、稽古中にすみません。これから真田さんと一緒に冰君を迎えに行って来るから」
「おう、ルナか。気をつけて行って来いな」
飛燕 は稽古の手をとめて微笑んだ。
ルナは飛燕のことを『お父さん』と呼んでいる。記憶を失くす前は『親父』と呼んでいたものの、事情が事情だけにその呼び方を覚えていないのは仕方ない。言葉使いも時折敬語が混じるのが若干寂しいと思えなくもないが、飛燕もよくよく理解していて、お父さんと呼んでもらえるだけでも有り難いと思っていた。
飛燕 がここに道場を開いてからはルナも通って来る子供たちの道具の出し入れや掃除など、できることは進んで手伝ってくれていたので、飛燕 にしてみればそれだけで充分に幸せであった。
思えば行方不明になる前の紫月もそうして道場を手伝ってくれていたわけだ。今は『ルナ』と呼ぶようになろうとも、他人行儀な敬語まじりで話さねばならなくとも、あの頃と変わらず息子と共に道場の仕事に就けているのだ。飛燕 はそれだけで満足だった。
「じゃあ行ってきます」
「うむ、気をつけてな」
飛燕 に送り出されてルナと真田は冰の通う学園へと向かった。ちょうど授業が終わったようで、校門付近は下校の学生らで賑やかだった。
「あ! 来た来た! 冰君だ」
ルナが笑顔で手を振ると、冰の方でも嬉しい驚きにそれこそ仔犬のような仕草で駆け寄って来た。
「ルナお兄さーん! 真田さん! うわぁ、今日はルナお兄さんたちがお迎えに来てくださったんですか!」
「うん、皇帝様たちはお客人の接待で身動き取れないって感じだったからさぁ」
「そういえば今日は海外からお客様がたくさんお見えになってるんですよね!」
「うん! お邸の方は賑やかだったぜー! そいでな、今日の夕飯は遼の家で一緒に食べることになってんだ」
「わぁ! 遼二先生のお家で?」
「そうそう! 今日はすき焼きだって! デザートには料理長さんがケーキ焼いてくれてんだ。帰って宿題終わったら俺も調理場を手伝おうと思ってさ」
「わーい! 楽しみです! じゃあ僕もお手伝いさせてください!」
そんな話に笑顔を咲かせながら帰路を歩いていた時だ。少々人通りの少ない路地に差し掛かった辺りで、どこからともなく現れた数人の男たちに行く手を塞がれて、ルナは咄嗟に冰と真田を自身の背に隠した。見れば取り囲んできた相手はいかにもガラの悪そうな屈強な体格の男たちであったからだ。
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