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皇帝の縁談6

「おい――何なんだ、あんたら」  冰と真田を庇うように両腕を広げながらルナが厳しい表情を見せるも、男たちはヘラヘラと侮蔑笑いを繰り返しながら、ジリジリとこちらに向かって距離を詰めて来る――。 「そのガキをこっちに渡してもらおうか。おとなしく言う通りにすりゃあ、アンタらに用はねえ。ガキを置いてさっさと失せろ!」  それこそ冗談ではないとルナも真田も目を吊り上げる。 「冰さん、私の後ろへ! 絶対に離れてはなりませんぞ!」  真田は老体だが、気だけはまだまだ若いといったように冰を抱き抱える勢いで身体を張ろうとしている。だが、相手は体格のいい男が七、八人だ。若いルナがいるといっても乱闘になれば勝ち目は薄いのが目に見えている。 「この真田、例えここで命を落とそうとも絶対に冰さんを渡すようなことはいたしますまい!」  忠義に厚い真田の心意気は頼もしいが、実際には張り手や蹴り一発で易々とやられてしまうだろう。そう踏んだルナは、とにかく応援が必要だと判断し、真田一人を何とかしてこの場から逃すことを考えた。 「真田さん、俺がヤツらの隙を作る。道場に行けばお父さんがいるから――呼んできてくれ」  ルナが小声でそう言う。 「ルナさん……ですが……」 「大丈夫。冰君のことは俺が守る――。このままじゃ三人ともやられちまうのは目に見えてる。一刻も早く応援を頼む」 「承知しました! ではすぐに――」  ルナはジリジリと敵との距離を取りながら、真田の一番近くにいた男の脚を蹴り上げた。 「行って! 真田さん!」 「は、はい……!」  真田が必死に駆け出すも、男たちはあんな爺さんに用はないといったふうにして余裕の高笑いを浮かべてよこした。 「ふん! バカめが! どうせ逃すならあんなジジィよかこのガキにしときゃ良かったものをよー」 「まあお陰で手間が省けたわ。よもやてめえ一人でこのガキを守り切れるとでも思ってるわけじゃあるめえ」  道場までの往復を考えると二十分といったところか――真田が帰るのに十分余り、飛燕(ひえん)が戻って来るのに十分弱。その間、冰を守りながら応戦するのはかなり厳しい。持ち堪える為には乱闘に持ち込んではならないと思い、ルナは何とかして男たちとの会話を引き延ばすことを考えた。なるべくフレンドリーに、ともすれば敵方の懐へ入り込むような愛想をも振り撒きながらルナは男たちに話し掛けた。 「兄さん方、この子をどうしようってんだ? 言っとくがこの子は皇帝様のご縁のあるお人だぜ?」  ニヤっと笑みを見せながらも、そんな彼に何かあればただでは済まないぞと脅しをかける。ところが男たちの方では冰が皇帝邸に住んでいることも知っているようだ。 「ンなこたぁ聞かずとも承知の上よ! 俺たちはなぁ、さる筋からの依頼でそのガキを皇帝の元から追い払うように頼まれてきたんだ!」 「さる筋からだって? いったい誰のことよ」 「てめえに教えてやる筋合いはねえな。いいから早えとこそのガキを渡せ!」 「――渡せと言われて素直に渡したとあっちゃ、俺が皇帝様に合わせる顔が無くならぁな! せめて理由くらい聞かせてもらわなきゃ困る。俺ン立場もちっとは分かって欲しいんだけどな……。この子を皇帝様の邸から追い出すと言うが、連れ去ってどうしようってんだ」  ルナの話しぶりにどことなく親近感を覚えるわけか、男たちは暴力を振るうでもなく一応は会話に乗ってくれている。こんなところはルナ――というか紫月持ち前の愛嬌が功を奏しているといったところだ。 「は――! しつけえ野郎だな。どうするもこうするもねえ! 俺たちゃあそのガキをこの城内から追い出せと言われてるだけなんでね。その後は売っ払おうがどうしようが自由にしていいってなお達しよ」  ということは冰を邪魔に思う誰かがこの男たちを雇ったということか――。もしかしたら皇帝に縁談を持ち込んでいるお偉方あたりが絡んでいるのかも知れないとルナは思った。

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