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皇帝の縁談7

「――は、なるほどね。だったらアンタ方はこの子に特別恨みがあるとか、そういったわけじゃねえのな?」  ルナが訊くと男たちはその通りだと言ってせせら笑った。 「要は商売よ! そのガキを城内から追い出して、その後は金に変えるなり好きにしていいってことだからな。見たところそのガキもなかなかに見目がいい。世の中にゃ可愛いツラした若い男を好む変態オヤジもいるんでな。条件の良さそうなところに売っ払うまでよ」 「――ふぅん? 要は人身売買ってか? そんなことが皇帝様の耳に入ったら、アンタらマジで命が危ねえと思うけどね」 「心配には及ばん! ガキを売っ飛ばした後は高飛びよ! 俺たちゃこの香港に用はねえからな。皇帝様とやらにも二度と会うことはねえだろうぜ」  なるほど。ということは、彼らは地元の人間ではなく香港の外から雇われてやって来た者というわけか。ルナはチラリと手元の時計を気に掛けながら、何とかしてもう少し会話を引き延ばさんと考えを巡らせていた。 (人身売買か……。ってことは、冰君一人じゃなくもっと金になりさえすればコイツらにとっては棚ボタなわけだ……。だったらここはひとつ大見栄切ってみるのもアリか)  ルナは覚悟を決めると男たちを相手に大博打に出ることにした。 「アンタらの言い分は分かった。この子を売って金にしようってんだろ? だったら――ついでと言っちゃナンだが、俺ンことも一緒に買ってくれる気はねえか?」  ニヤっと不適な笑みを見せながら堂々たる素振りをかます。男たちはさすがに驚いたようだ。 「てめえも一緒に――だと? どういうこった」 「まあ聞いてよ。俺は今日、皇帝様からこの子の護衛を任されて迎えに来たわけだ。ところがその任務を果たせなかったとあっちゃ、皇帝様に合わす顔がねえ。ってよりも、正直に言うとな、この子だけアンタらに連れ去られましたなんて言った日にゃ俺の身が危ねえわけ! アンタらは知らねえだろうが、ここの皇帝様ってのはえらくおっかねえお人でね。これまでにも任務に失敗した――なんてヤツらが即刻首切られちまうのを何度か見てきてんのよ」  首を切るといっても、ただ免職になるという意味じゃねえぞとルナは苦笑する。 「解雇されるだけで済みゃ、まあいいんだけどな。言い訳さえ聞いてくれる間もなくその場でズドンよ!」  指でピストルを模って銃殺だと訴える。 「俺ァそんなのはごめんだ。こんなことで命取られるなんざ冗談じゃねえ! だからこの子を掻っ攫うってんなら、俺も一緒に連れてってくんねえかってそう言ってるわけ!」  男たちは予想外の申し出に戸惑いを見せる。互いに顔を見合わせながら、どうしたものかと決めかねているようだ。実のところ、抵抗されるようなら護衛を打ちのめして連れ去ろうと思っていたところ、抵抗どころか一緒に連れて行ってくれと言われるとは考えもしなかったからだ。 「なぁ、どうだ? 何なら俺も一緒に拉致られたってことにして、この城内から連れ出してくれるだけでもいいんだ。頼むよ、そう難しいこっちゃねえべ?」  拝み倒す勢いでルナは懇願、男たちは呆れてしまったようだ。 「……どうも変な雲行きになってきやがったが……まあ仕方ねえ。素直にそのガキをこっちに渡すってんなら連れてってやらねえこともねえがな」 「マジ? そいつぁ有り難え! これで皇帝様に殺されなくて済むわ! 命拾いできるぜ」  ルナはほとほと助かったというように安堵しながら、大袈裟に肩を落として見せた。 「……しかしおめえ、ここの皇帝ってのはそんなにやべえ野郎なのか? たった一度しくじったくれえで殺っちまうとか」  それは本当なのか? と、胡散臭そうに眉根を寄せている。 「マジだって! 皇帝様はここ香港を仕切るマフィアのファミリーだからな。使えねえ人間はいらねえって、そういうところははっきりしたお方よ! とにかくそうと決まったら早くズラかろうぜ! こんなトコでノコノコやってたらやべえことンなるって!」  ルナはすっかり敵方に寝返ったふうに装いながらも、見つかりにくい裏道を教えると言って男たちを油断させる。時間的にはそろそろ真田が呼びに行った飛燕(ひえん)が駆け付けて来る頃合いだ。裏道と言いながら道場へ向かって歩けば、どこかで必ず鉢合わせるはず――。と、その時だった。猛スピードで一台のバイクが近付いて来るなり、 「受け取れ、紫月!」  (くう)に舞ったのは一本の日本刀――。駆け付けて来た飛燕(ひえん)が投げてよこしたそれを受け取ったと同時に、目視できないほどの早技でルナはその鞘を抜いた。

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