65 / 74

解けた記憶の糸2

 その後、悪党どもを縛り上げて皇帝邸に戻った一同は、要人接待の合間を縫って紫月の復活を喜び合った。当の紫月もいきなり戻ってきた記憶に驚きを隠せずにいたようだが、時間が経つごとにこれまで自分に起こっていたことを認められるようになっていったようだ。  紫月としての記憶はもちろんのこと、ルナとして暮らした数年のこともしっかり覚えていると彼は言った。 「何ちゅーか、すっげ不思議な気分な……。今まで忘れちまってたのが嘘みてえだ」  そんなルナに、遼二はそれこそ自分が自分でないというくらいに喜びつつも、紫月同様不思議な感覚に気もそぞろといった調子だ。 「でも――さすがは親父さんだ。紫月の記憶をこうも見事に蘇らせてくれたんですから……」  あの時、切羽詰まった状況下で飛燕が投げた日本刀が一瞬で紫月の記憶を呼び戻したことに驚きを隠せない。拉致から四年、茶に混ぜられた薬物も絶っていたというのに、一向に戻る気配のなかった記憶がたった一瞬で蘇ったのだから不思議という他ない。 「だがこれで――例の薬物のメカニズムの解明にも一歩近付いたと言えるな。紫月の他にもこの城壁内の遊郭に連れて来られた者たちの記憶も取り戻せる光明がさしたというわけだ」  鐘崎組の調査で、例の行商人によってここに連れて来られた遊女や男娼は他にも数人見つかっていたが、その誰もが薬物の投与をやめた今も記憶が戻っていないのだ。そのことから一度失われた記憶は二度と元に戻らないものと諦め掛けていたのだが、紫月とルナの実例で希望が見えてきたわけだ。  しかしながら僚一らがこの城内で調査を始めてからというもの、例の行商人は一度も姿を見せてはいない。鐘崎組も周ファミリーも裏の世界を知り尽くしている存在といえるが、デスアライブと呼ばれる闇の組織はやはり非常に手強い相手のようだ。この城内に僚一らの手が回ったと同時にめっきり姿を見せなくなったということからしても、こちらの行動が筒抜けていることを意味している。当初僚一も言っていたが、根本を断つには数十年という時間を要するだろうということは、なまじ嘘ではなかったということだ。  ともあれ紫月の記憶が戻ったことで、これまで同様の薬物によって被害に遭った者たちには、わずかながらも光が見えてきたのは確かだ。僚一らは決して諦めることなく引き続き調査に尽力しようと決意を新たにしたのだった。  それと同時に今は冰を狙った者たちの処置にも目を向けねばならない。ルナ――紫月の話では周焔に縁談を持ち掛けているお偉方あたりの仕業ではないかということだったが、実行犯の男たちを締め上げた結果、まさにその予想が的中することと相成った。  彼らの言うには冰を皇帝周焔(ジォウ イェン)の下から連れ去って、二度とこの香港へ戻って来られないような場所に売り飛ばしてくれと頼まれたそうだ。報酬もそこそこ高額だったので引き受けたと言って男たちはしょぼくれていた。しかも紫月が冰を守り通す為に取った絶妙な策に感銘、親近感たっぷりの話術で油断させられて、挙句は神技ともいえる剣術の腕前を目の当たりにし、とにかくその度胸と人柄に惚れたと口を揃える。できることなら彼の舎弟となって働きたいとまで言い出す始末――。  これには(イェン)も遼二も呆れてしまったが、男たちの言い分に理解を示したのは僚一と飛燕(ひえん)だった。 「よろしい。お前さん方が心を入れ替えてここに残りてえというなら雇おうじゃねえか。この街の治安を守るにはもう少し人手も必要だ。我が組の一員となって秩序を守り、世の為・人の為に尽力するというのならここで住まうことを認めよう」  僚一の言葉に男たちは有難いと言って半泣き状態、皆で揃って首を垂れたのだった。

ともだちにシェアしよう!