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※番外編 皇帝の憂鬱4

 教師の方もまた、驚きつつも真面目な様子で話を聞いてやっている雰囲気が窺えた。 「――好きな人かい? 冰君は好きな人がいるのかい?」 「……そ、そういうわけじゃ……ないこともない……んですが」 「なんだ、やっぱりいるんじゃないか」  教師がクスっと笑ったのが窺えたが、すぐに生真面目な口調で穏やかに質問に答えたようだった。 「うむ、先生は好きな人――というか、大事に思っている女性がいるよ。その人も僕と同じ教師をしていてね。学園は城外だからそう頻繁に会えるわけじゃないが、先生にとってはとても大事な人なんだ」 「そう……ですか! じゃあお二人は恋人さんなんですか?」 「そうさ。来年には結婚が決まっているんだ」 「結婚! それはおめでとうございます!」 「ありがとう。ああ、だがまだ学園では校長先生にくらいしか話していないからね。当面は内緒にしておいておくれよ?」 「はい、もちろんです! そっかぁ……結婚かぁ。いいなぁ……」  ほとほと羨ましそうな冰の声、教師の方は朗らかに微笑んでいるような声音で先が続いた。 「それで? 冰君の好きな人っていうのはどんな人なんだい? 同じクラスの子?」 「いえ……」 「じゃあ別のクラスの子かい?」 「……いいえ……。その……学園の友達とかじゃないです」 「おや、そうなのかい? その人にはもう告白した?」 「いいえ……。告白なんて……できません」 「どうして?」 「だって……その人はすごく年上で……とても立派な人ですし……僕なんかがその人のことを好きだって分かったら……嫌われちゃうかも知れないし……」  しょんぼりと肩を落としたのが声の調子だけでありありと分かるくらいだ。 「ふむ……年上の女性か。では彼女は既に社会人というわけだね?」  教師が訊いたが、冰はますます思い詰めたようにしてこう続けた。 「お……女の人じゃ……ないです。僕が好きなのは……」 「……男性なのかい?」  それに対して冰の返事はなかったものの、おそらくはコクリとうなずいたのだろう。教師からは少し大きな溜め息がもれたようだった。 「――そうか。男性か」 「……はい……あの、とてもお世話になっている方で……」  焔はもう気が気ではない。相手はどこの誰だと顔を強張らせては落ち着きのなくソワソワとし始まった。  遼二と紫月には相手は焔だということが分かっていたものの、当の焔自身は『もしかしてあの教師のことかも知れない』などと勘違いしてしまったようだ。 「おいカネ――世話になってる相手で年上と言やぁ、この教師のことじゃねえのか? まさか今ここでコクるなんてこたぁねえだろうな……? 俺は出て行った方がいいのか? この教師は結婚を控えているとまで言っているんだ。そんなヤツに入れ上げたところで幸せにはなれんとひと言助言してやるべきだろうか……」  ブツブツとつぶやきつつも心ここにあらずで半ば蒼白となっている。遼二も紫月もポカンと口を開いたまま呆れてしまった。 「何をワケの分かんねえことを言ってる! たった今、冰はあの教師に対しておめでとうと言ってたじゃねえか! 冰の好きなのは教師じゃねえ」 「……そ、そう思うか?」 「……ったりめえだ」 「――そうか。ではいったい相手は誰だというのだ……。冰の周りで年上の男といったら限られているだろうしな……。俺さえ気付かねえ内に誰に惚れてきやがった……」

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