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※番外編 皇帝の憂鬱6

 その窓枠の下では三人がホッと胸を撫で下ろしていた。 「いい先生じゃねえか。あれなら心配要らねえな」  遼二がクスっと笑みながら焔の肩をポンと撫でる。 「そんじゃ俺らもホテルに帰るか! ま、焔はこのままもうしばらくここに残っていたいだろうけどなぁ」  紫月も伸びをしながら冷やかし気味で笑う。 「バカ言え……。と、とにかく見つからずに済んで良かった」  後ろ髪を引かれる思いはあれど、さすがに一晩ここで張っているわけにもいかない。まあ教師も常識のある人格者のようだし、ここはホテルに帰るしかないかと立ち上がった時だった。 「はい、そこのお三方! ご心配なのは分かりますがね。こんなことがバレたら軍法会議ものですよーっと!」  ニヤニヤと悪戯そうな笑みを讃えた教師に声を掛けられて、三人はまるでコソドロのように慌てた挙句、将棋倒しとなって尻もちをつかされてしまった。 「わ……ッ! あ、あんた……」 「すまねえ――俺たちはその……」 「悪気はなくてですね……」  三人揃ってしどろもどろで言い訳するも上手く言葉になってはいない。ところが教師の方では既にすっかりお見通しだったようだ。 「あなた方、冰君の保護者の方たちですね? 僕が気付いていないとでも思っていましたか?」 「いや、あの……その」 「ちょ、ちょっと……俺たちも偶然この近くに泊まりに来てたものですから」 「そ、そうそう! 冰君のキャンプ地もこの辺りだったよなって話ンなって! どうせならちょっと様子見に行ってみよかーって……」  まるで悪いことが見つかってタジタジの生徒のように三人で大焦りだ。教師の方は呆れ気味、大袈裟なゼスチャーで肩をすくめていた。 「まったく! いい大人が何です? うちの学生たちだってこんな忍びのようなマネはしやしませんよ?」 「はぁ……面目ない」 「あなた――皇帝様でいらっしゃいますね? 冰君と一緒にお住まいだという」 「はあ……どうも、その……失礼を……」  しょぼくれる三人を見下ろしながら教師は笑った。 「まあいいでしょう。保護者としてご心配なさるお気持ちは理解できます」  そう言うと、手にしていた紙の束から一枚を抜き、差し出してよこした。 「はい、これは明日の課外授業のスケジュールですよ。遠目から様子を窺うだけなら許可しましょう。ただし、くれぐれも生徒たちの邪魔にならないよう気をつけてくださいね。それから――明日は午後三時にはキャンプが終了予定です。親御さんが迎えに来る生徒以外はバスで城壁内まで送りますが、基本は現地解散ですから。三時前にロッジの入り口で待っているのはOKですよ」  教師はそう言うと、意味ありげにニヤッと微笑んでは隣のロッジでの会議に出掛けて行った。  残された三人はその場にへたり込んだまま、大きな溜め息をついて肩を落とす。 「はあー、ビビったぁー! まさかバレてたとはな」 「しかしあの教師――大したタマというか……ある意味大物だな。もしかしたら冰の想い人が焔だってこともバレてんじゃねえのか?」 「かもなぁ。あのニヤーっと笑った顔は自信ありって感じだったべ」 「カネ、一之宮、すまん……。おめえらまで巻き込んじまって」  そんな話をしていると突如また窓の鍵を開ける音がして、三人は咄嗟に窓枠の下へと潜り込み身を潜めた。どうやら風呂から上がった冰が窓を開けたようだ。  しばらく息を殺していると、冰の可愛らしい声が聞こえてきて三人は大きく瞳を見開いたまま互いを見つめ合ってしまった。

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