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番外編 その勇姿をいつも見ていた

 インターハイ予選前、ある日の放課後。  弓道場の外には、フェンス越しに中を覗いている女子生徒らの姿があった。誰が目当てなのかは考えるまでもないだろう。 (さすが学園の王子様なだけあるわな……)  智也もまたフェンスの方へと近づき、彼女たちと同じように弓道部の練習風景を眺める。  毎度のことながら、ギャラリーのことを気に留める様子もなく、陽翔は黙々と練習を続けていた。真剣そのものの表情で弓を引く姿は、とても美しく目を奪われるものがある。  智也はバスケットボール部に所属していたけれど、中学生のときにやめてしまっていた。単純に熱意がなかったのだと思う。だからこそ、こうして熱心に部活動に取り組んでいる陽翔が羨ましくもあり、また親友として誇らしくもあった。  ただ今では、それとは違った感情があって悩みものだ。 「――……」  力強い音を立てながら矢が放たれ、見事、的に命中する。  陽翔の美しい所作に、隣にいる女子軍団が感嘆のため息をつくのがわかった。が、そんな彼女たちを笑えない。智也もまた、陽翔のことを見ているだけで自然と胸がドキドキとしてしまうのだから。 「結城くん、あれで彼女いないんだもんなあ。なれるものなら私がなってみた~いっ」 「でも、好きな人いるんじゃないかって噂だよ?」  不意に聞こえてきた会話に心臓がドキッと跳ね上がった。心当たりがありすぎて、嫌な汗が流れ落ちる。 「えっ、うそ! 聞いてないんですけど!?」 「あーそれわかるわ、いかにも《恋してます》って顔してるっつーか。たまにあんのよ、普段よりもずっと柔らかく微笑んでたり、何か考えてるみたいに遠くを見ていたり……ついでに言うと、顔赤くなってるところ見たって子もいるし」 「何それ、見たすぎるっ!」  聞こえてくるものは仕方がない。女子がきゃあきゃあと盛り上がるなか、智也は人知れず甘酸っぱい気持ちを味わっていた。  ぶわっと顔が熱くなって、心臓がうるさいくらいに早鐘を打ち鳴らす。その状態で陽翔の方を見やれば、今すぐに彼のもとへ駆け出したくなる衝動に駆られた。 (もしかしたら俺もなってんのかな――恋してるような、顔)  いつか、そのときが来たら陽翔の気持ちに応えてみたい。なんとなくそう思っていたけれど、もうとっくに“そのとき”なんて過ぎているのかもしれない。  智也は居たたまれなさにその場を後にした。  誰にも今の顔を見られたくないし、自分でも見たくなかった。見てしまったら、それはもう一目瞭然だろうから――。

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