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第4話 君と、三度目のキス(2)
「ハル……」
ようやく追いついたところで智也の足がピタリと止まる。目の前の光景に釘付けになり、心臓が大きく脈打った。
ひと気のない木陰で陽翔が女子に迫られている。それもキスをするような体勢で。
すぐに陽翔がこちらに気づいたようだったが、智也は目もくれず一目散に逃げだす。何も考えられなかった。ただ、胸の奥から沸き起こる得体の知れない感情に突き動かされていた。
「っ、クソ」
走ったわけでもないのに息苦しくてかなわない。
とにかく一刻も早くこの場から離れたくて、人の流れに逆らいながら参道を抜ける。神社の裏の方まで来ると人もまばらになり、やっと足を止めることができた。
先ほどからジーンズのポケットの中で、スマートフォンがずっと震えている。画面を確認すれば、陽翔からの着信が入っていた。
しかし、今はとてもじゃないが通話に出る気分になれない。智也はそのまま電源を切ってしまおうと思ったのだが、
「智也っ!」
背後から名前を呼ばれ、びくりと肩を震わせる。振り返れば、そこには陽翔が眉尻を下げて立っていた。
「な、なに女置いてこっち来てんだよ!」
「一緒に来てた子に預けてきた。ごめん、変なとこ見せて。隙を見せた俺が悪かったんだ――智也とはぐれたのが心配で、それで……」
「………………」
「ごめんね、言い訳だよね。でも、ちゃんと断ったから――」
「いいんだよ、ンなことはっ!」
智也は思わず声を荒らげた。陽翔が驚いた様子でこちらを見てくる。
「智也?」
「わかってんだよ……ハルにその気がないってことも、ちゃんと断るってのも。けど、無性に腹が立って仕方ねェんだよ! だって……だってハルは、昔っから俺のもんなのに!」
苛立ちをぶつけるかのようなそれは、心の底からの叫びだった。
自分のものだなんて――子供じみた独占欲丸出しの言葉に、智也自身も驚く。咄嗟に言い繕うかとも思ったけれど、もう遅い。
「それって、ヤキモチ?」
指摘された途端、カッと顔に熱が集まる。図星だと認めざるを得なくて、智也は口をつぐむしかなかった。
しばらく沈黙が続いたのち、おもむろに陽翔が距離を詰めてくる。
「ねえ、俺と同じ気持ちでいてくれるって……思っていいの?」
手首を掴まれ、いつもより少し低い声で囁かれた。陽翔の顔つきは真剣そのもので、智也はごくりと唾を飲み込んだ。
もうわかっている。彼に対するこの感情の正体が何なのか。恋は気がついたら落ちているものとはよく言うが、本当にそうだったなんて。
(いや、もしかしたら本当は……ずっと前からハルみたいに)
ずっと守りたいと思っていた、誰よりも大事でかけがえのない存在。
その意味なんて考えたこともなかったし、今思えば、近すぎて見えていなかったものもあったのだと思う。彼から告白を受けたときは困惑ばかりしていたけれど、それとは違う感覚も確かに感じていたのだから。
幼なじみとして一緒に過ごしてきた日々が積み重なって、少しずつ形を成していき、ひょんなきっかけで特別な意味合いをもつようになった――そう考えた方がしっくりくる気がする。
「………………」
陽翔はじっとこちらの答えを待っていた。
見つめ合っているうちにどんどん鼓動が速くなっていき、掴まれた手首からも速い脈拍が伝わっているに違いない。
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