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番外編 始まりのあの日

 陽翔が初めて智也と出会ったのは、まだ物心ついたばかりの頃。近所の児童公園でのことだった。  当時、人見知りの気があった陽翔はいつものように母親と遊んでいたのだが、そこへ一人の少年――智也がやって来たのだ。 「こんにちは!」  活発そうな容姿には確かに見覚えがあって、近所に住んでいる子だとすぐに気がついた。きっと向こうもそれがわかっていて声をかけてきたのだろう。 「『こんにちは』だって。ほら、陽翔も『こんにちは』って」 「こ、こんにちは……」  母親に促されて陽翔は慌てて挨拶をした。が、やはり恥ずかしくて俯いてしまう。 「なまえ、なんていうの?」 「………………」  名前を訊かれても、どう接したらいいかわからない――堪らず母親の背に隠れると、今度は顔を覗き込まれてギクリとした。 「なんでかくれんだよ?」 「っ……」 「あ、ないた」  じっと見つめられているうちに陽翔の目には涙が滲み、耐えきれずにぽろぽろと零れ落ちていく。恥ずかしさが限界に達してしまったのだ。 「智也!」 「おれ、なんもしてねーよ!」  一緒に来ていた母親に咎められ、智也は口を尖らせる。  その一方で気まずそうにもしており、こちらの様子をチラチラとうかがっていた。ハッとした様子をみせると、ズボンのポケットから何か取り出そうとする。 「ほら」  ぶっきらぼうに差し出されたのは、タオル生地の小さなハンカチだった。  陽翔が戸惑うばかりで動けずにいれば、智也は焦れたらしく、強引にそれを握らせてくる。 「せっかくだからやるよ。ともだちになったきねんだ!」 「えっ?」 「おまえ、なきむしみてーだしひつようだろっ」  ――友達。初めて聞く言葉に目を丸くする。 「こら、智也!」という声がしたけれど、そんなことを気にしている場合ではなかった。 「い、いいの? ともだちになっても」 「いいにきまってんだろ? いえもちかいんだし、たくさんあそぼうぜ?」  言って、智也が手を差し伸べてくる。  陽翔はなんだか胸がきゅうっとなって、また泣きたくなった。けれども、目元を拭ってその小さな手に自分のものを重ねる。 「……ゆうき、はると」 「ん?」 「あの、なまえっ」  ドキドキしながら告げれば、智也はニッと笑みを浮かべてくれた。それがあまりに眩しくて、陽翔は思わず息を呑む。 「おれ、さかがみともや。よろしくなっ――はると!」  それがすべての始まりだ。その日からというもの、二人は毎日のように一緒に遊ぶようになった。  引っ込み思案な自分のことをいつも引っ張ってくれて、何かあったときにはすぐに駆けつけてくれて――陽翔にとって、智也はまるでヒーローのような存在だった。そして、憧れであるとともに、大切な親友でもある。  いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていたし、ときには喧嘩をすることもあったけれど、結局は仲直りして笑い合う。そんな関係が何よりも心地よくて大好きだった。  それから十年ほどの月日が流れた現在。二人の関係性は変わったが、あの日から変わらないものもあって、それが愛おしいと思うのだった。     ◇ 「お前さあ、いつまでそんなガキっぽいハンカチ使ってるわけ?」  トイレで用を足したあと、ふと智也がそのようなことを言ってきた。 「別にいいでしょ。ちゃんと洗ってるし、お気に入りなんだからっ」 「まあ構わねーんだけどよ、物持ちいいなあお前。……軽く十年とかそこらだろ、信じらんねえ」  呆れ顔で小さく溜息をつく智也。その様子を横目に、陽翔は苦笑した。 (なんだ、智也だって覚えてるんじゃん)  陽翔が手にしていたのは、昔、智也から貰ったハンカチだった。  当時の智也からしたら単なる気まぐれだったろうし、きっと忘れているものだと思っていた。まさか覚えていてくれるとは思わず、嬉しさが込み上げてくる。 「言っておくけど、これ俺の宝物だから」 「あっそ」  素っ気ない返事だが、耳がほんのりと赤く染まっていることに気付いて、陽翔は口元を緩ませた。 (ああ、やっぱり好きだなあ……)  改めてそう実感させられながら、愛しいその横顔を見つめる。  するとムッとした表情を返されたけれど、照れ隠しだとわかるから、可愛い以外の何物でもなかった。

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