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第8話 もう守られてばかりじゃない(2)
その後の智也といえば、無言のまま席について机に突っ伏していた。
帰りのHRが終わると、騒動を起こした二人は職員室に呼び出されることになる。
とにかく話を聞かないことには何もわからない。陽翔は教室でただ一人、智也が戻るのを静かに待っていた。
やがてガラリとドアが開いたかと思うと、智也が浮かない顔をして教室に入ってきた。
「なんでまだ残ってんだよ」
「だって気になるじゃん」
陽翔は椅子から立ち上がって歩み寄る。しかし、智也はその横を通り過ぎていった。
「待ってたとこ悪ィけど、今日は一人で帰るわ」
そう告げて、バッグを手にさっさと帰ろうとする。
慌てて引き留めようと思ったのだが、入れ替わりで教室に入ってくる人物がいた。智也に殴りかかった男子だ。
運悪くしてやられた。おかげで声をかけるタイミングを失ってしまい、気がついたときにはもう智也の姿はなかった。
「……佐藤くん、ちょっといいかな」
仕方なしに、陽翔はもう一人の当事者の名を呼んだ。
佐藤は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。しかし、そんなことで陽翔が怯むわけがなかった。むしろ積極的に詰め寄っていく。
「君、どうして智也にあんなことしたの?」
「いやいや、アイツが勝手に絡んできただけだって」
「なんの理由もなく絡むわけないじゃん。智也はそんな男じゃないよ」
智也は喧嘩っ早いところがあるけれど、理由もなく掴みかかるはずがない。幼なじみである陽翔にはそれがよくわかっていた。また、理由にもある程度の想像がつく。
佐藤は舌打ちすると、面倒くさげに頭を掻いた。それから、ふっと口元に笑みを浮かべる。
「んじゃ、俺からも一ついい?」
「なに?」
陽翔は小さく首を傾げた。佐藤がスマートフォンをポケットから取り出し、目の前に掲げてくる。
画面には一枚の写真が表示されていた。
「これ、結城だよな?」
そこに写っていたのは、陽翔と智也の後ろ姿に違いなかった。デートの帰りに人目を忍んで手を繋いだときのもので、帽子をかぶっている智也はともかく、陽翔の横顔はばっちりと撮られている。
「相手はどう見ても男だし……なに、お前ってそっち系だったわけ? 前から噂にはなってたけど、この話してたら急に坂上のヤツが掴みかかってきてさ~。ガタガタうるせェもんでつい手が――」
「だったらなんだよ」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
やはりというか、予想が確信に変わってしまった。智也が殴られたのは自分のせい――そう思うと悔しくて堪らなかった。
佐藤のことを壁に追いやってしまい、手をついて逃げ道を塞ぐ。突然のことに驚いているのか、相手は目を見開いて固まっていた。
「盗撮なんて趣味悪いね。……で、どう返事すれば君は満足するの? なんならその写真拡散してみる?」
言うと、佐藤はようやく我に返ったらしい。焦った様子を見せ始めた。
「うっわマジかよ……ないない、ないっしょ? フツーにキショいわ。あんなにチヤホヤしてきた女子だって『騙された!』ってなんじゃねーの」
「……くっだらない。他人の目なんてどうだっていいよ。俺はみんなが思っているような人間じゃなかった、それだけの話でしょ」
陽翔は自嘲気味に軽く笑ってみせる。これ以上は時間の無駄だろうと、壁についていた手をどけた。
「もういいや、話してくれてありがとう。――ただ、智也を傷付けたことは許さないから」
吐き捨てるように言って背を向ける。教室を出る間際になって、佐藤の呟きが耳に入った。
「お前……そんな顔、するヤツだったんだ」
横目で見れば、またもや呆然としている佐藤の姿が映り込んだが、陽翔は何も言わずに立ち去ったのだった。
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