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【十四】ローズベリー村へ

 マリーウェザー号は順調に航海し、予定通りに都市ハーベンデの港へと到着した。俺の結界を張るという仕事も終わり、大地に立って、俺は腕を伸ばして背伸びをした。船旅は楽しかったが、やっぱり土の上の方が落ち着く。 「今頃、ロイも船を降りたのか?」  船着き場で俺は降りてくる人混みを見ていたが、ロイの姿を見つける事は出来なかった。 「よし、冒険者ギルドに行くか」  フォードとの待ち合わせを思い出し、俺は冒険者ギルドを探した。すぐに見つかったので、扉を開けると、上部についていた鐘が鳴った。すると中の木の椅子に座っていたフォードが俺を見つけて、立ち上がった。 「遅かったな、俺は昨日着いたんだよ」 「そうだったのか」 「とりあえず、今日はここの宿に一泊しよう」 「ああ」  俺は頷いて、受付で手続きをした。それから二人で、久しぶりに食事をした。硬いパンを食べながら、俺はフォードを一瞥する。フォードは、レタスにフォークを突き刺しながら、こちらを見ていた。 「明日からは、ローズベリー村まで徒歩だな」 「分かった」 「魔物、出ないといいな。というか、村に魔族がいないといいんだけどな。いい魔族は別として」  フォードがそう言ってから、レタスを食べた。  こうしてその日は一泊し、翌日俺達は旅を始めた。街道を歩きながら、ふと思い出したようにフォードが言った。 「魔族というか、魔王軍について、船の中で大陸新聞で見たんだけど、魔王はロイって名前で、特徴は、魔王の証の指輪をしてるらしいんだ」 「ロイ、かぁ。意外と多い名前なんだな」 「そうか? まぁ珍しいとは思わないけど、そんなに多い印象も俺にはないかな」  首を傾げたフォードを見て、俺はロイの事を思い出した。魔王と同じ名前をしているが、ロイは俺の友人だ。友人、だよな? ロイの事を想うと、胸がドキドキするけれど、これは……友人への親愛のはず……だよな? と、俺は内心で考える。好きなのは間違いない。 「ま、村に魔王がいるってことはないだろうな」 「そうだな。フォード、お祖父さんが無事だといいな」 「うん。お祖父ちゃんは嘘をつくような性格でもないし、本当に保護されてる気がするんだけどな」  そんなやりとりをしながら、俺達は進んでいき、一日半かけて、ローズベリー村へと到着した。村の入り口に立って、俺とフォードは顔を見合わせる。それからどちらともなく、村の中を見た。ひと気はない。 「行ってみよう。とりあえず俺のお祖父ちゃんの家に」  フォードの言葉に、俺は頷いた。  こうして村の中に入り、俺達は赤い三角屋根の家へと向かった。歩いていくと、遠くに人影が見えた。俺はフォードを引き止めて、そちらをまじまじと見る。するとそこにいた者が、こちらに気づいた様子で、長い槍を手に駆け寄ってきた。 「何者だ?」  見れば角が生えている。髪の色も、人間とは異なるピンク色をしている。  魔族だ。 「賞金稼ぎの冒険者か?」 「違う。俺はこの村に家族がいた者だ。お前は? 村の魔族じゃないよな?」  フォードは堂々としている。俺は尊敬してしまった。俺と違って、怯えなどはまるで見えない。すると魔族が頷いた。 「ああ。俺は魔王軍に所属している魔族だ。この村の避難誘導が完了するまでの間、村を守る役目を仰せつかった第二師団の団長で、ルークという。村には、俺の配下の一個師団が滞在中だ。少し前に避難誘導は完了して、村人は全員保護したんだが、まだ荷物を忘れたものなどがいるから、護衛をしたりしている」  ルークと名乗った魔族の声を聴いて、俺とフォードは視線を交わした。  このルークの話は、フォードのお祖父さんの手紙に書いてあった内容と一致している。 「俺のお祖父ちゃんも保護されたってことか? 何処に保護したんだ?」 「人間か? 人間も、魔王国の保護区画にいるはずだ。名前は?」 「エクールだ」 「ああ、あの爺さんか。元気だぞ。魔王国に連れて行ったのは、俺だ」 「そうか。元気ならよかった。保護区画の位置が知りたい」 「それは人間に漏れると危険が迫るから、出来ない。魔王国に、正式な手続きをして、入国すれば、連れて行けるのだがなぁ」 「あ、じゃあ行ってみる。ありがとう、教えてくれて」  フォードが笑顔になった。すると魔族もまた、両頬を持ち上げた。こうしてみると、角や髪色といった違いを除いたら、魔族も本当に人間と変わらなく見える。思考も感情もあるようで、魔物とはどう考えても違って思えた。 「大変です!」  その時、俺達三人のもとへ、一人の魔族が走ってきた。 「勇者一行が襲ってきました!!」  それを聞いて、俺は目を見開いた。  ――勇者一行……?  瞬時にハロルド達の顔が、脳裏をよぎった。思わず俺は、眉根を下げて、両手で体を抱く。俺を追放した面々が、ここへ……?  そう考えていると、ざわめきが広がっていき、魔族達がルークの周囲に集まり始めた。そして槍を構えて村の入り口を睨んでいる。 「村を襲った魔族はどこだ!?」  すると直後、俺は過去に聞いた覚えのある声を耳にした。怒気を孕んだ強い口調は、ハロルドのそれだった。視線を向ければ、聖剣を構えたハロルドと、その一歩後ろに第二王子殿下と賢者、最後尾に聖女の姿があった。皆、険しい顔をしている。 「ハ、ハロルド……!」  動揺し、俺は狼狽えて、思わずその名を呼んだ。するとハロルドは怪訝そうにこちらを見て、そして大きく目を開き、息を飲んだ。 「ジーク!? 何故ここに!?」  他のパーティメンバーも俺に気づいた様子で、驚愕している。  俺達五人は、それぞれびっくりしながら、視線を向けあった。 「まぁ、いい。話はあとだ」  勇者ハロルドはそう口にすると、聖剣を振りかぶった。狙いはルークのようで、俺は咄嗟に短剣を取り出して、聖剣を受け止め、雷の魔術を放った。 「うわっ」  するとハロルドが感電した様子で、聖剣を取り落とした。俺はその隙に、正面に結界を魔術で構築した。ハロルドは、痺れているらしい右手を、左手で押さえながら、顔をゆがめて俺を見ている。 「裏切者!」  ハロルドが叫んだ。俺はビクリとしてしまい、体を硬直させた。 「追放されたからと言って、魔族側につくなど、逆恨みも著しいな!」 「ち、違う。俺は恨んでなんかいないし、別に魔族の味方というわけでもない。ただここにいる魔族は、悪い存在じゃない。だから、ハロルド達が事情も聞かずに襲い掛かったのを、見過ごせない」 「ごちゃごちゃと煩いな。言い訳など聞きたくない!」  激怒したように俺の事をハロルドが睨んでいる。他の三名も、武器を構えて、俺に対し攻撃しようとしている。 「……っ」  俺は杖を出現させて握りしめつつ、唇を噛んだ。酷い言われようではあるが、ハロルド達は、それでも俺にとっては、最初の仲間だ。元仲間に俺は攻撃をしたり出来ない。魔族の無罪も理解しているが、俺は人間にも魔族にも、どちらにも種族を理由で協力しようという気にはならない。中立だ。その上で、顔見知りや友人は、やはり出来ることなら、守りたい。傷つけたくはない。  しかし勇者パーティの四人は、その時各自の最も強い威力を誇る攻撃を、一斉に俺に向かって放った。俺は周囲の魔族達を結界で守る事に必死だったから、自分に迫ってくる攻撃を弾き返すタイミングを見誤った。  このままでは、俺に直撃する。思わず俺は、ギュッと目を閉じた。  ――ぶわり、と。  その場に威圧感じみた膨大な魔力があふれたのは、その時の事だった。  俺は恐る恐る目を開く。だらだらと冷や汗をかいた。今のは、レベル999の魔力解放だと理解できたのは、俺にもその魔術が使えるからだ。俺は周囲を見渡す。魔力解放は、自分と同等かそれ以上の魔力がない相手を、気絶させる効果がある。結果、その場に立っているのは俺と……。 「ロイ!」  俺は目を見開いた。全身から、安堵で力が抜けていく。 「今のうちに逃げた方がいい」 「あ、で、でも魔族達は……」 「勇者達よりも魔力量が多いから、先に目覚めるはずだ」  ロイはそういうと、倒れているフォードを抱きかかえた。そして片手で俺の腕に触れた。  瞬間、足元に魔法陣が広がった。転移するためのもののようだ。 「行こう」  俺は頷いた。ロイの言葉は、信じられる。  こうして俺は、ロイと気絶しているフォードと共に、魔法陣の光に包まれた。

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