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【十五】秘密らしい

 眩い光に飲まれて閉じていた瞼を、俺はゆっくりとあけた。そこは、豪奢なシャンデリアと玉座のような椅子がある、まるで城のような場所だった。甲冑が飾られていて、燭台には火が点っている。 「……」  ぼんやりとしてから、俺は我に返って、目の前にいるロイの背中を見た。ロイは腕にフォードを抱えている。そんな俺達を見て、一人の青年が唖然としていた。 「ま、まお……」 「オズワルド、言うな」 「っ……ぎょ、御意」  ロイの言葉に、上質な衣をまとっている青年が、沈黙した。 「ジーク、ついてきてくれ」 「あ、ああ」  頷いて俺は、歩き出したロイの後に従った。ロイは隣の部屋に入ると、ソファの上にフォードを横たえた。そして俺へと振り返る。 「こちらへ」  フォードが寝ているソファの正面にある、長椅子へとロイが俺を促した。頷いて俺が座ると、隣にロイが腰を下ろす。そして指を鳴らした。すると俺達の前にカップが現れた。紅茶が宙に浮かんだポットから注がれていく。こんな魔術があるんだなぁと俺は驚いた。 「ロイ、まずはその、お礼を。助けてくれて、ありがとうな」 「いや。ジークの事は、俺が守りたいだけだ。気にする事はない」  微笑したロイを見て、俺はその優しさに胸が温かくなった。ロイを見ていると、胸がキュンと疼く。それから俺は、周囲を見渡した。 「ところで、ここは何処なんだ?」 「――俺の家だ」 「え? すごいな! こんなお城みたいな大豪邸に住んでるのか……」  まぁマリーウェザー号でも豪華な客室に泊まっていたのだし、ロイは富裕層なのだろう。考えてみると衣類も洗練されていて、上質なものに見えるし、物腰も穏やかだ。 「他の部屋も見せたいところだが、ここで我慢してくれ」 「ああ。助けてくれて、部屋を貸してくれるだけで十分だ。本当にありがとう」  俺がそう告げた時、フォードの体がピクリと動いた。 「ん……」 「目が覚めたか?」  俺が声をかけると、寝ぼけたような眼をして、フォードが起き上がった。そして周囲を見渡して、片手で目をこすった。それから何度か瞬きをして、フォードは俺を見た。その後、ハッとしたように目を見開く。 「ジーク! 俺達は、どうなったんだ!?」 「ロイが助けてくれたんだ」  俺が告げると、きょとんとしてから、フォードが俺の隣に座っているロイを見た。それから視線を、ロイが膝の上に置いている手に向けた。 「あ」  フォードが目を真ん丸にして、ロイの手を凝視した。そうしてその内に震えだし、顔面蒼白になった。どうしたのだろうか? 「そ、そ、その指輪……まお――」 「フォード。秘密にしてほしい」 「――っ、え? あ、はい」  ロイの言葉に、何度もコクコクとフォードが頷いた。 「なんの話だ? 秘密?」  俺が首を傾げると、フォードがひきつった顔で笑い、ロイはカップを手に持ち楽しそうな顔で、一口飲みこんだ。二人とも、何も言わない。  首を傾げている俺に対し、ロイが微笑した。 「そろそろ夕食時だ。シェフに用意させるから、待っていてくれ」  ロイはそういうと立ち上がった。出ていくロイを見送りつつ、シェフがいるなんてすごいなぁと思った。俺は孤児だったから、こういう富裕層の生活には全く馴染みがない。それよりも気になるのは、真っ青な顔をしているフォードだ。 「どうしたんだ?」 「……べ、別に?」 「別にってことはないだろ? 顔色がすごく悪いぞ?」 「へ、へ、平気だよ! 平気だから!」 「?」  本人がそう言うのなら、仕方がない。俺は紅茶を飲みながら、フォードを眺めていた。  すると少しして、扉が開き、ロイが銀色の台車を押してきた。  その上には、豪華な料理が並んでいる。香りも見た目も食欲をそそる。俺は鶏の丸焼きに目が釘付けになった。ロイは台車を止めると、パチンと手を鳴らした。するとテーブルの上に料理が移動した。本当にロイは不思議な魔術を一杯使えるんだなぁと驚いてしまう。ロイのスキルは俺と同じ【孤独耐性】のはずだから、これらはスキルではないと思う。 「さて、食事にしよう」  ロイが俺の隣に座りなおした。  それを一瞥してから、フォードが気を取り直したように、フォークとナイフを手に取る。食欲はあるようで安心した。 「この後、二人は何処に行くんだ?」  食べながら、ロイが俺達を交互に見た。俺はフォードと前に話した内容を想起した。 「魔王国を目指そうかと思ってるんだ。フォードのお祖父さんに会いに行こうかと思ってな」  するとフォードが目を細くしてロイを見た。ロイは視線を返したが、口元に笑みを浮かべただけで何も言わない。ただそれから、人差し指を立てて、唇の前に置いた。するとフォードが再び真っ青になってから、ひきつった顔で無理矢理じみた笑顔を浮かべて頷いた。すると今度はロイがくすりと笑った。 「では、食事が終わったら、ローズベリー村の隣街まで送るとしよう。旅を頑張るといい。俺は応援しているぞ」 「ありがとうな、ロイ」  こうして食後、俺とフォードは、ロイの構築した魔法陣の上に乗った。  光が溢れ出す。  まぶしさに目を閉じた俺は、次に瞼を開けた時、見知らぬ街にいた。  ロイの姿はない。  すると――その場でフォードが地面にしゃがみこんだ。ガクガクと震えている。 「はぁ、あああああ、緊張したぁ! 緊張しすぎて死ぬかと思った、俺」 「フォード? 何がだ? なんでだ? 緊張?」  俺が首を傾げると、フォードが複雑そうな顔で俺を見た。 「秘密……らしいから、俺は何も言わない。後が怖いし」 「どうしたんだ? フォード?」  挙動不審のフォードを、俺はじっと見た。するとフォードが大きく息を吐いてから立ち上がった。 「とりあえず今夜の宿を確保した方がいいし、この街の冒険者ギルドに行こう」 「ん? ああ、そうだな」  頷き、俺はフォードが歩き出したので、その隣に並ぶ。  こうして俺達は、冒険者ギルドに向かい、この日の宿をとった。  それぞれの部屋に分かれ、俺は魔導シャワーを浴びてから、ベッドでぐっすりと眠った。  ――翌日。  俺は朝の陽ざしで目を覚ました。あくびをしてから身支度を整えて、階下に降りると、食堂には、既にフォードの姿があった。俺を見るとフォードが手招きをした。そちらに歩み寄り、俺は朝食を頼む。フォードの前にはオムレツがある。 「これからどうする? 魔王国への道順を、俺は知らない」  フォードに対して俺が尋ねると、フォードが腕を組んで唸った。 「あのな、ジーク。俺、考えたんだけど。昨日一晩じっくりと」 「うん」 「俺はここで別れる」 「へ?」 「俺の旅に付き合ってもらって、本当に感謝してる。ただ、俺は魔王国に行く前に、剣士としても冒険者としても、暫くレベルを上げたいんだ。そのために、一度実家に戻って、もう一回師匠に、この新しい剣を持って、使い方を教わって、鍛えなおしてもらおうと思ってる。今回の魔族――っていうより勇者達に対して、俺は何もできなかったしな。ふがいない」 「そ、そうか……」 「だから魔王国には、ジーク一人で行ってくれ。地図を描くから」 「あ、いや……フォードが行かないなら、俺には魔王国に行く理由は無いんだよな」  俺が素直に述べた時、俺の朝食が届いた。  受け取り、俺もオムレツを食べる。 「だったら、別に行かなくていいんじゃないか?」  フォードの声に、俺は俯いた。突然の事で、考えがまとまらない。 「少し考えてみる事にする。フォードは、いつ旅立つんだ?」 「これを食べたら、出るつもりだ」 「そうか。じゃあ見送る。また会えるといいな」 「そうだな! ジークのおかげでここまで来られた。本当にありがとう!」 「いや。そんな事はない。俺だってフォードのおかげで旅が出来たんだ。楽しかった」  そんなやりとりをしながら朝食を終えて、俺は荷物を持ってきたフォードを、冒険者ギルドの建物の外で見送る事とした。元々は依頼で始まった旅だったが、感慨深い。何度も別れを惜しみながら、俺は手を振った。  その後俺は、冒険者ギルドの中に戻った。そして左手の壁にあるクエストボードを何気なく見た。依頼書が並んでいる。 「ん?」  そこの中で、最高額の依頼は、SSSランクだった。魔王討伐もSSSランクだが、ここには、それは貼っていない。 「竜退治?」  依頼書の詳細を見てみると、この街の範囲にある山間部の集落が、竜に襲われていると書かれていた。竜というのは、独特の存在だという知識が俺にもある。魔物でも魔族でもモンスターでもないが、人間ではもちろんない。独特の知性ある生物だ。羽がある事が多くて、飛行するという。また非常に巨大で、手には爪があり、肌は堅いそうだ。ただ人間を襲うとは、あまり聞いたことがない。 「でも、困っている人がいるから、依頼書があるんだよな? SSSランクはあんまりいないかもしれないし、俺はたまたまSSSランクだから……丁度いいな」  こうして俺は、依頼書を手に取り受付へと進んだ。  そして、竜退治に向かう事に決めた。

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