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「──ほら。いい加減に起きろ。目を開けて、俺の眼を見るんだ」
成吾の声だと気づいて、まどろみの中にいたユートは重たいまぶたを必死に開けた。間近に金色の瞳。見つめ合ううちに段々と意識が覚醒してくる。レストランのテラスにいたはずなのに……。今ユートがいるのは、さっきまでディナーを楽しんでいたレストランの駐車場、そこに停められた成吾のポルシェの助手席だった。
「え……ぼく、なんで……?」
目を擦って白っぽかった視界をはっきりさせる。時刻は23時をすぎていて、記憶より2時間以上経っていた。レストランも閉店したらしく辺りは真っ暗で、人影も明かりもない。
いったいなにがどうなっているのか、状況を考えてみるが、頭がズキズキと痛むだけだ。
成吾は運転席からユートのいる助手席に上半身をかぶせて、ユートを見下ろしている。
「気分はどうだ」
顎を掴まれて顔色を確認されて、ユートはきっとお酒に弱い自分が、ワインに酔って眠りこんでしまったんだろうと縮こまった。せっかくルイがプレゼントしてくれたけれど、成吾は運転があるから、代わりに味見しただけなのに……。
成吾が少し疲れた様子なのに気づいて、あわてて謝った。
「心配かけてすみませんっ、はしゃぎすぎて寝ちゃっただけです。あとちょっと頭が痛いかな……」
「そう。顔色は悪いけどそれならいいな」
ちょっと冷たい気がする成吾の手にはいつもユートを診察するときにつけているゴム手袋がはめられていた。不思議に思って見ていると、もういらないかと呟いて外してゴミ箱に捨てる。ゴミ箱には先に、使用済みの注射器と薬品の瓶が捨てられていた。
「まだぼうっとしてるな? ユートに薬を注射したら、すぐに気持ち悪くなって、胃の中のもの全部吐いたんだよ。全部出してやっと落ち着いたら、眠ってしまって全然起きなくて。俺はさんざん手を焼かされたよ」
「えっ、そんな、すみません!!!……」
条件反射的に謝って、でもユートの頭はさらに混乱していた。
……薬って? あのゴミ箱の注射器は僕に使ったもの? えっ、どこも悪いところなんてないのに、何を打ったの?
「う”……」
意識がはっきりしてくるのにつれて、お腹の奥がズンと沈み込むように痛くなってきた。それに体全体が疲れたように重いだるい。足にも腕にもあちこち痣が見つかった。意識がないうちにこんなことになるなんて、まさか危ない薬じゃ………。怖くなって、震えながら成吾に尋ねた。
「……くっ薬って、僕の身体に何をしたんですか? 勝手に注射を打つなんて、なにかの実験なんかじゃないですよね!?……」
「は?」
聞き返した成吾の金色の眼がギラリと光った。ふつふつと怒りが燃え上がっていくのがわかる。
「また面白くない冗談だな。それともまさか文句でもつける気か? ユートのほうから俺に助けてって頼んできたんだろ。よく反省していたから、こうして連れ帰って手当てしてやったのに」
「えっ、ええと、」
何の話か分からず、迫ってくる成吾にただ焦っていたら、「忘れたのか」と睨みつけられた。
「ユートが俺の言いつけを守らずに一人でふらふらした挙げ句、ユートを自分の番にしようとしたルイに犯されたんだよ。ルイはDom性はもっていないけれど、αだから」
「嘘……」
成吾が嘘は言わないと知っていても思わず口から出た。いくらダイナミクスがあっても、ルイは成吾の親友だし、ユートは彼と一言も口をきいてさえいない。ルイが自分なんて構うわけがない……。
でも頭の中で声がした「一緒に世界中を旅しよう」とルイが何度も何度も誘う声──……。
「ルイだったら多少の自制心が働くと思ったんだけど、予想外の事態が起きてたからね。今日に限って、ユートが熱を出すなんてさ……」
ユートの全身から血の気が引いた。それとは真逆に、抱きしめた自分の身体はとても熱い。
ユートの体は昔から、月に一度の周期で高熱が出る。ずっと不思議に思っていたけれど、成吾と出会って、これはΩ特有の発情の予兆だと教えてもらった。
Ωが発情するとαを誘惑するフェロモンを出す。フェロモンに惹かれたαはΩと同じく発情状態となり、誘惑したΩをほぼ確実に妊娠させる。ユートはまだ未熟だけど、妊娠の可能性がないわけじゃないわけじゃない。抱かれている間に一時的にでも発情していれば妊娠率は100%だ。
「成吾さん……僕もしかして……」
ユートは恐ろしくて泣いて伝えた。体が熱い。もしかしてもう自分はルイの……。
「まさか。ユートはまだ未熟でそんなに都合よく発情してるわけない。その証拠にルイと番にはなっていないし。せいぜいフェロモンが強く出ていたくらいだろ。ルイのことは、俺が買いかぶってた。ユートに拒絶されたときなんてプライドのかけらもなく無様で……。……付き合わせて悪かったな」
成吾が慰めてくれるのが、嬉しいよりも怖かった。
出会う前にユートに彼氏がいたことや、いじめの中でレイプされたことはものすごく責められたのに、揺れ続ける金の眼が今も成吾が怒っていると知らせてくるのに、どうして優しいの?
「……ぅ” 、う”え……」
目が回る。本格的に気持ちが悪くなってきた。
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