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5●(回想)  ユートは一人ぼっちのテラスで、電話のために離席した成吾を待ちわびていた。食事を終えても成吾は一向に戻ってこない。  やることがないから、足を揺らしたり腕を撫でたりして余計そわそわとしてしまう。  早く戻ってきてほしい。少し前から体が熱くなってきた。きっと発情してるはず。  だって成吾と出会ってから、ユートは成吾と出会わせてくれた神様に「幸せにしてください」と毎日お祈りしてきた。神様、どうかおねがいします。もし妊娠できたら、成吾さんは嘘じゃなくて本当に、僕をお嫁さんにしてくれる約束なんです。  成吾の姿を探してキョロキョロしていると、窓越しのテーブルにルイを見つけた。客の前で華麗にテイスティングしている。  改めて見るととてもハンサムな人だ。華やかな顔立ちに丁寧に撫で付けられたブロンドの髪、黒のタキシード姿が凛々しくて、ワインを批評する姿はまるで映画のワンシーンのよう。  ふと青い目と目があった。微笑みを向けられる。しまったと肩をすくめるがルイはあっという間にこっちにやって来て、ユートの隣に立った。 「成吾は遅いね。いくら急用だって言ってもユートくんをほっぽらかして、だめなヤツだな。いまさら金なんて必要ないんだから、忙しすぎる大学病院の外科医なんか辞めちゃって、これからはユートくんとの時間を優先すべきだよ」  「ね? そうでしょ?」とルイの無邪気な笑顔。正面から顔を覗き込んでくるので、ユートもぎこちなく笑い返した。  ルイはユートに「ワインは口に合った?」と聞いて、空いていたグラスに注いだ。ユートは迷いながら手にとる。一口だけ飲んでテーブルへ。ルイから視線をそらしたが、ルイは全く立ち去ろうとしない。 「ユートくんと成吾の出会いが聞きたいなぁ~」  弾んだ声で聞かれた。 「ねぇねぇユートくんは成吾のどういうところが好きなの?」 「今後の二人のスケジュールを教えて?」 「あっ、店内のBGM、ユートくんの好きな音楽に変えてあげようか?」  うつむいてなにも答えないユートを相手に、ルイは何度も質問を変える。依然として戻ってこない成吾を心の中で呼びながら、ちびちび飲んでいたワイングラスがとうとう空になった。 「成吾ったらホントどこに行ったんだろうね。あー、もしかしたらユートくんのこと俺に預けたつもりで病院に行っちゃったのかもしれない。昔から俺に雑なんだ、成吾って」  そうなのかな、と思案していたらテーブルの上に置いていた手にルイの手がふれた。 「奥にある俺の部屋で待ってたら? 趣味で集めたものなんかでちょっと散らかってるけど、ここよりずっとゆっくりできるよ」 「…………」 「ねぇ行こうよ。俺はふだん世界中を旅して仕事しているんだ。俺のコレクションはおもしろいよ。ユートくんが気に入るものがあればプレゼントするし、それで俺がどんな男かユートくんに知ってほしいな」  首を横にふると、とうとうルイにため息をつかれた。  ユートは逃げるように席を立った。成吾に動かないように言われたけれど、これ以上ルイと過ごすのはいたたまれない。  お手洗いに行くふりをして時間を見計らって戻るつもりだった。だけどおかしい。テラスから通路に出たところでくらくらと視界が揺れ出して立っていられない。お酒に弱いのにワインを飲み続けたせいかと、ユートは壁に寄りへたりこんだ。 「ユートくん、大丈夫!?」  追いかけてきたルイが駆け寄ってくる。隣にしゃがみこんだ彼からは、さっきから気になっていたバニラのような甘い香りが漂っている。でもさっきよりとても強い。刺激が目や鼻の粘膜に染みるくらい。はげしく咳き込んで、ユートはルイに背を向けた。 「逃げないでよ……。大丈夫、すぐに良くなってくるから」  ルイが正面に回り込む。顎をつかまれ上を向かされる。 「苦しい? ごめんね」 「はっ……はっ……っ、…は、ぁ、…ッ……、」  息が出来なかった。床に手をついて、酸素を求めて口を開けるユートの背中をルイが撫でている。だんだん意識が泥に沈むように淀んでいった。 「……やっといい感じ? 目がとろんとしてきたね」  あれからいくら振り返っても、ユートが思い出せたのはこのあたりまで。  誰もこないからとルイに言われるまま、床に寝転んで目を閉じたところで、記憶は暗転する。

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