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第9話

 あとになって、翔護ではなく顧問伝いに都合が悪くなったのだと聞かされたけれど、あの日のことを思い出すたび、千聖の心臓はきゅっと締め付けられたように苦しくなる。  考えないようにと思っても、入浴中や寝る前のリラックスした瞬間にふと思い出しては、何とも言えない悲しい気持ちになった。  どうして見学に来なかったのか、翔護はなにも言わなかった。 言わなかったというよりも、あの日以降、千聖は完全に避けられていて、聞けるような状況ではなくなってしまったのが正しかった。  あんなに毎日のようにしていた夜の電話もぱったりとなくなって、千聖からかけても絶対に出てくれない。  コール音は鳴るから拒否されているわけではないのだと思う。  でも、折り返しの電話がかかってくることもなければ、もちろん、翔護から新しくかかってくることだってなかった。  翔護からの着信履歴は、あの日の前日で止まったまま更新されず、その表示を目にするたびに千聖の眉は頼りなくハの字に下がる。  電話がだめなら……とメッセージも送ってみたけど、既読の文字がつきこそすれ、返信はなく、今では遠くから翔護を見つめることしかできない。  大切な幼馴染みだと、クラスメイトに自慢する機会だってなかった。  何か理由があって来られなかっただけ。  引っ越しの準備が忙しくて、連絡も出来ないのかも。  会えばきっといつもの翔護で、笑って「久しぶり」って言ってくれるはず。  そう信じて、千聖が転校初日に翔護の教室を訪れると、彼はたちまち不機嫌な顔になり、関係を気にして集まったクラスメイトたちに面倒くさそうに「……遠い親戚」と返した。  胸の高鳴りが、痛みに変わる。  言葉に詰まった千聖はそれ以上何も言えず、気の利いたフォローで挽回も出来ないまま、周囲には「遠い親戚」とだけ定着してしまった。それも「あまり仲の良くない」とまったく嬉しくない尾ひれがついて。  自分の何がいけなかったのか。いくら考えてみても、千聖に心当たりはなかった。 見学の前日までは本当に普通だったのだ。いつも通り、笑っておやすみの挨拶をして通話を切ったはず。 「翔護だって、楽しみにしてるって言ったのに……」  そう何度下唇を噛んでも、現実が変わるわけじゃない。  千聖を避けてはいたけれど、翔護はサッカー部へ入部することをやめなかった。  でも、毎日の登下校を一緒にしなければ、朝練だって別々に通う。一緒に昼食を食べることもなければ、部活が休みの日の帰り道に一緒に寄り道なんてしない。  だって、今の翔護と千聖は周囲の噂する通り「あまり仲の良くない遠い親戚」で、それ以上でもそれ以下でもないのだから。 「……好きな人って、誰……?」  好きな人の想い人が気になって仕方がないのは、自然なことだと思う。  恋する相手を想ってなにも手につかなくなってしまうのも、おかしなことじゃない。 「翔護……」  千聖の切ない呟きは、コートに舞う土埃の中へ消えていった。

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