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第10話
「えっ、なにそれ!?」
「いやね、随分前から言ってあったでしょう?」
聞いてなかったの? と、母が呆れたように首を傾げつつ頬に手を添えると、千聖と同じ色の髪がふわりと揺れた。
小柄で少しぽっちゃりとした彼女は、その見た目の通りおっとりとしていて「困ったわね」と言いつつもあまり困っているようには見えない。
初夏の長い休みが明け、世間の憂鬱さは少しずつ日常に溶け込み始めていた。
春の地域大会で四位という好スタートを切ることが出来た城華学園には、追い風が吹いている。
去年はあと少しというところで優勝を逃したけれど、このまま練習を重ねていけば、今年最後の大会ではここ数年で一番の成績がおさめられるだろう。
チームの中でも、とりわけ翔護の活躍はめざましかった。もともとの才に加えて努力が実を結び、今では翔護を中心に作戦が練られるほど。チームメイトも翔護に引っ張られるような形でどんどん成長しており、彼の活躍でチームの士気が上がるのは、翔護との関係に悩む千聖にとっても嬉しいことだった。
大会結果のご褒美でいつもより一日多くもらえた休日は、千聖の心身をリフレッシュさせてくれたらしい。
翔護との関係修復に向けて、もう少し頑張ってみようと気持ちを引き締めた矢先、願ってもないチャンスが訪れた。
「ぼくが翔護の家に?」
「そう。さゆみちゃんがパパさんのところへ行くから、その間、千聖に泊まりに来て欲しいんですって」
〝さゆみちゃん〟とは、翔護の母親のことだ。
単身赴任先へ三週間ほど滞在するため、その間ひとりになってしまう翔護と一緒にいて欲しいということらしい。
「翔護くん家の方が学校に近いし、たまにはいいかなと思ってたんだけど、もし二人だけなのが心配だったら、翔護くんにうちに来てもらうのでも……」
「う、ううん! ぼくが行く! 翔護のところ!」
千聖も、どちらかというと母に似てのんびりした方だ。あまり素早い動きや、せっかちな行動には向いていない。
そんな千聖が「はい!」と授業で挙手するよりも元気にそう答えれば、母は珍しい息子の勢いに押されながらも、ぴんと伸びた指先に苦笑して「今度は忘れないでちょうだいね」と念を押した。
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