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第11話

「あ、あのね、お母さん……翔護、嫌だって言ってなかった?」  翔護に避けられていることを、家族には伝えていなかった。  伝えていなかったけれど、あれだけ「翔護、翔護」と毎日のように口にしていた千聖が、ぴたりと彼を話題に出さなくなったのだ。直接話しはしなくても、何か感じる部分はあったかもしれない。 同じように、翔護も千聖の話題を口にしなくなっただろうから、内藤家のほうからそれとなく聞いていたかもしれなかった。 「なぁに、嫌がられるようなことに心当たりでもあるの?」 「そ、そうじゃ……ないんだけど……」  じっと見透かすように見つめられて、居心地の悪さに組んだ指の親指だけを擦り合わせる。 「千聖のことが嫌だとは聞いてないけれど、一人で平気だって言ってる、とは聞いたかしら」 (やっぱり……)  翔護が素直に千聖の訪問を歓迎するとは思えなかった。  しかも泊まりで、三週間も。  快諾されてしまったら、それこそ、今のこの状況はなんなんだ、と思ってしまうから、安心の答えではあるけれども。 「でも、いくら男の子だって、やっぱり一人っていうのは心配でしょう」  器用な翔護のことだ。一人で平気だと言う彼の言葉通り、三週間くらいきっとなんの問題もなく過ごしてしまうと思うけれど、親としてはどれだけ息子を信頼していてもやはり心配なのだろう。 「まぁ、千聖がいて安心かというと、ちょっと……ね?」 「もう! ひどいなぁ」  ふぅっとこれ見よがしなため息を吐かれて、千聖はむっと頬を膨らませた。  確かに頼りないかもしれないけれど、ペットボトルをぎゅうぎゅうに詰め込んだクーラーボックスを両肩に掛けたまま余裕で歩けるくらい力には自信がある。いざとなったら、翔護を抱いて逃げることくらい出来るはずだ。 「ふふ。嘘よ、嘘。ご飯は一通り用意しておくから、何日かに一回帰りに取りに寄ってちょうだい。ちょっと遠回りになっちゃうけど、大丈夫よね?」 「うん、大丈夫。ありがとう」  お米くらいなら炊けるし、洗濯も、全部まとめて洗濯機へ放り込めば、ボタン一つで乾燥まで終わらせてくれるというので安心だ。わからないことは、都度、母へ聞けば問題ないだろう。  それから――。 「あ、あのね……」  千聖は母へこしょりと耳打ちをする。  息子の内緒話に耳を傾けた母は、内容を聞いてから柔らかく微笑み「がんばってね」とその頭を撫でた。  高校生にもなって頭を撫でられるとは思っていなかったので、ちょっと恥ずかしい。  千聖は、はにかみながら「うん」と小さく、けれどしっかりと拳を握って頷いた。  突然訪れた、三週間の同棲ごっこ。  正直、不安がないといえば嘘になる。  だって、もう三年近く翔護とはまともに話をしていない。その中に稀にある連絡の履歴も、千聖が一方的に送ったメッセージだけで返事は来ないし、とてもじゃないけれど良好な関係とは言いがたかった。  でも、せっかくのチャンスを、何もしないまま無駄にはしたくない。 (翔護と、この先もずっと一緒にいたいから)  覚悟を決めるように今度は深く頷くと、千聖もう一度きつく拳を握りしめた。

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