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第15話

 あんまり見つめすぎてもうざったく思われてしまいそうだったけれど、良くないとわかっていても、興味があるものをじっと見つめてしまうのは千聖の癖でもあった。  太陽の光に弱く、あまり外へ遊びに出られなかったせいもあると思う。無意識に他人の顔色を窺う癖がついてしまった千聖は、瞳から情報収集をしようとする。  じっと見つめて、観察して、集めたデータをまとめるのが好きだった。  それは、今のマネージャーというポジションで大いに役立っているけれど、集中しすぎると周りが見えなくなってしまうのが玉に瑕で、顧問やキャプテンから指摘されることもある。 (いけない、いけない。見過ぎはだめ……)  小さく首を振って狭まっていた視野を解してから、千聖は自分も味噌汁のパッケージをひとつ手に取ると、残りはかごの中へと仕舞ってキッチンの棚の上に置いた。この三週間、これらは皆、ふたりのご飯のお供になる。  千聖のお気に入りは、フリーズドライの味噌汁だ。 中でも、茄子の味噌汁が一番好き。油でさっと揚げたような風味と、とろりとした食感がお気に入りで毎日飲んでも飽きることがない。  家でも同じように作れないか母と挑戦してみたことがあるけれど、まったく同じとはいかなかった。美味しくないわけではないけれど、何かが違うのだ。インスタントにはインスタントの良さがある。  千聖が椀に湯を注いで戻ると、食卓についた翔護は箸を取ることなくスマートフォンをいじっていた。 (待っててくれたのかな)  自意識過剰だと思いつつも、そうだったら嬉しい。  席に着いた千聖は「食べよう」と促して、元気にいただきますと手を合わせた。  自身のさらに手をつけながら、同じように手を合わせた翔護をこっそりと窺う。  あんまり見つめすぎてはだめだ。だから、こっそり。  好物だけあって、どんどん減っていく食事を見ているのは気持ちが良かった。翔護が三杯目のご飯に口をつけたところで、千聖は口を開く。 「あのね」  視線だけで、翔護が「なに」と返事をする。 「お風呂なんだけど、いつも湯船にお湯張ってる? それともシャワーだけ?」  忘れないうちに聞いておかないと、一緒にいられる喜びで舞い上がって、うっかりしてしまいそうだった。話題は多い方が良いと言いながら、肝心なことを忘れてしまっては、どうしようもない。 「……お湯張ってる。湯船につかった方が気持ちいいから」  最後の一口を大きくかき込んで、翔護は「ごちそうさま」と、最初と同じように手を合わせると食器を手に席を立った。 「飯終わったら、ち……木崎は先に風呂入っていいよ。俺、少し休んだら自主練するから」  そのあとに入る。と言う翔護に、千聖はすぐには返事が出来なかった。  聞こえなかったわけではない。  ただ、言われた言葉の中の一部分が、千聖の心を悲しく萎ませていた。  舞い上がっていた心が、地面に向かって一気に急降下していく。調子に乗るなよって、釘を刺されているみたいだった。 (いつも、そんな風に呼ばなかったのに……) 〝木崎〟と翔護は千聖を呼んだ。ずっと〝ちぃ〟って呼んでいたのに、そんなところまで変わってしまうんだと思ったら、飲み込んだご飯の塊が鉛のように重く胃の中へ落ちていく。 「飯終わったら、皿だけ洗っといてくれると助かる。服とかは全部洗濯機んなか突っ込んどいてくれれば、風呂終わったら回しとくから」 「……」  ぼんやりと翔護を見つめる。 「おい?」 「……っ、あ、うん……はい」  怪訝に顔を顰める翔護にはっとして、大きく首を振ってから「食器を洗って、先にお風呂いただくね」と、内容を確認するように繰り返し、微笑んだ。

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