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第17話
手早く身を清め湯船につかると、ざあっと溢れた湯とともに千聖の口からも「はあ~」と長く声が出て、ようやく体の強ばりが解けるような気がした。
ぷくぷくと湯の中へ空気を吐き出しながら、目を閉じる。
室内に漂うソープの香りには覚えがあった。
「……」
じんわりと火照る顔の熱さは、ただ湯に温められただけではないだろう。
(同じの、翔護も使うんだよね)
ちら、とラックに並べられたボトルに視線をやる。
ここは翔護の家で。当たり前だけれど、これは翔護も使っているもので。
洗ったときには何も思わなかったのに、意識した途端、額からぶわりと汗が噴き出す。
この三週間、翔護と千聖からは毎日同じ香りがするのだと思うと、突然恥ずかしくなって、湯の中に吐き出す息はぶくぶくと激しさを増した。
学校では接点のない二人だから「あれ?」と不思議に思われることはないだろう。
それに、ドラッグストアでもスーパーでもよく見かける所謂流行りのこの商品は、使用しているクラスメイトも多いはず。
ただ似た香りがするというだけで、自分たちの関係が他人にかわれたりすることはないだろうとわかっていても「もしかして」を想像すれば胸が高鳴った。
(てゆうか、翔護の家で翔護と同じものを使ってるっていうのが……ドキドキするよね)
これから同じ洗濯機でひとまとめに洗濯をすれば、当然、衣類からも同じ洗剤の香りがするだろう。
他人が聞けば、こんなようなことで? と思うような些細なことも、恋をしていればなんでも甘酸っぱい出来事に変換されてしまうのだ。
そんな妄想に花を咲かせていたら、はからずも長風呂になってしまった。待たせてしまったかと慌てて着替えを済ませてリビングを覗くけれど、しんと静まりかえった室内に翔護の姿はない。玄関にも靴がなかったから、まだ自主練から戻ってきていないのだろう。
(どこまで行ったんだろう)
近くの公園か、それとも、練習用にどこか場所を借りているんだろうか。
どこまで行くの?
誰かと一緒?
頑張ってね。
聞きたかったこと、伝えたかったこと。
それから、本当は――
「……ぼくも、ついて行っていい?」
そう、言いたかった。こんなギクシャクした状態で、そんなこと言えるはずもないのに。
首から掛けたタオルで顔に垂れたしずくを拭い、ドライヤーの風で軽く髪を乾かしてから部屋へと戻る。
ベッドに潜り込み、瞼を閉じるけれど、眠気はすぐに訪れそうもない。
「ん……」
いつもと違うぴんと張ったシーツに慣れず、千聖はもぞりと足を擦り合わせる。
枕が変わると眠れないような繊細なタイプではないけれど、さすがに今日は緊張して眠れないかもしれない。
心地良いポジションを探すように寝返りを打っていると、窓の外から何か音が聞こえて来る。
(なんの音……あ)
耳を澄ませて、千聖はその音の正体に気づくと、ふっと頬を緩ませた。サッカーボールを蹴る音だ。
(なんだ、庭にいたんだ)
そういえば、サッカーの練習がしやすいよう庭の広い家を選んだのだと、いつか聞いた話を思い出す。
ウッドデッキのある木崎家の庭も広かったけれど、内藤家の庭はその倍はあると思う。その分、住宅は少し小ぢんまりとした印象だったが、実際に暮らしてみると不便さは感じられず、むしろ親子三人で暮らすにはちょうどいいと感じる。
ご近所の目を考えるとおもいっきり蹴ることは叶わないだろうけれど、それでも、わざわざ空いている広場やコートを探すよりも練習のしやすさは段違いに思えた。
トン、トン、と規則的に繰り返される音を知っている。
『何回できるか、かぞえてて!』
何度も聞いた、懐かしい音。
翔護の、リフティングの音。
「……」
すーっと意識が柔らかくなっていく。
緊張して眠れないかも、なんて心配はいらなかった。
思い出の音を子守歌に、千聖はいつの間にか深い眠りの中へ落ちていたのだから。
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