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第18話

 鳥のさえずり始める時間が、少しずつ早くなっていく。制服のシャツの下に身につけたTシャツがしっとりと汗ばむの感じたら、もうすぐ夏が本格的に近づいてくる合図だ。  揺れる緑の影がだんだんと濃くなり始めるこの時期は、デリケートな肌を持つ千聖にとっては気の抜けない季節でもある。  紫外線除け機能のついたパーカーを学校指定のスポーツバックから取り出しながら、千聖はいつものようにベンチを挟み後ろのロッカーで着替える翔護の気配を背中で感じていた。  朝練十分前ともなると、サッカー部の部室内は部員でごった返し、朝にもかかわらずがやがやと騒がしい。隣り合うロッカーの仲間と楽しそうに話しをする翔護の笑い声を聞けば、隠しきれないうらやましさが顔を覗かせ、千聖の着替えの手を止める。 「きーさき、お口がタコになってんぞ」  むにゅ、と後ろから片手で両の頬を掴まれて、千聖は勢いよく振り返った。  こんないたずらをしてくる人物を、千聖はひとりしか知らない。 「キャプテン!」  なにするんですか、と抗議の声を上げればキャプテンこと刈谷壱爽(かりやいっさ)は悪びれもなく笑い、数回千聖の頬を突いてから指を離す。  中等部で二年三年と続けてキャプテンを務めた彼は、高等部の三年になり改めてキャプテンの座を任されていた。 チームメイトからの信頼が厚い彼は、中等部の時と同じように二年時にもキャプテン就任の打診があったそうだが、尊敬する一学年上の先輩の下で学びたいと、その依頼を断ったと聞く。  千聖の声で刈谷の登場に気づいた部員たちからは一斉に挨拶の声があがり、それに返事をしながら彼は時計を指さした。 「朝練開始まであと五分もないぞ。ひとりでも遅れたらグラウンド十周な!」  爽やかな笑顔の裏の厳しい声を聞いた部員たちが、一斉に部屋を飛び出していく。 その背中を見送ってから、千聖は刈谷に顧問から預かった予定表を手渡した。 A4サイズのコピー用紙には、今後の練習メニューについてと大会のスケジュールが書かれている。 「あと、グラウンドの使用時間についても、いくつか確認事項が……?」  ふと視線を感じて顔を上げると、まだ部室に残っていたらしい翔護がじっとこちらを見つめていた。 千聖と目が合うと、ばつが悪そうに視線を外しグラウンドへと出て行く。 「なに、お前らまだ喧嘩中なの」  頑固だねぇ、と呆れ声とともにベンチに腰掛ける刈谷に、千聖はパーカーのジップを引き上げながら、今度はクリップで綴じた用紙の束を手渡した。 「グラウンドの使用時間については、他の部活との兼ね合いで少し変更があるみたいで、直接先生が話したいと言っていました。これは、個人的に同じ学区のサッカー部の情報をまとめたものです。今回の春大会の情報なので、参考にしてもらえたら」  大会期間中、千聖は時間さえあれば他校の試合を観に行っていた。じっと見つめて観察して、戦績はもちろん、チームの特徴から選手のくせまでまとめてある。  どの学校にも、弱みと強みがある。それは城華も例外ではなく、他校を知れば、今の自分たちの改善すべきところや強化すべきところが自ずと見えてくるはずだ。 「すっげ、これお前ひとりでまとめたの? 助かる、ありがとな」  受け取った用紙をぱらぱらと捲りながら、刈谷は感嘆の声を上げた。  ことあるごとにからかってくるお節介な先輩だけれど、努力をすれば、頑張りを先輩後輩関係なくこうして素直に褒めてくれる。  ただ単にサッカーの技術が優れているだけでなく、こうして広い視野でもってチーム全体をみることができるのも、一種の才能なんだなと千聖は常々思っていた。他の人が同じようにしようと思っても、簡単にできることではない。

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