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第20話
まだ日が昇り始めたばかりの早朝。内藤家のキッチンにはすでに明かりがついていた。
小窓の向こうからは、賑やかな鳥のさえずりが聞こえる。
「うん、こんな感じかな?」
同棲ごっこは、特別大きな出来事もなく一週間が過ぎようとしていた。
同じ場所へ行って帰るというのに登下校は別。先に家を出る翔護を見送り、十分程度時間をあけてから千聖も学園へと向かう。
帰りも、翔護と時間をずらすために部室に残り、急ぎでやる必要のない資料をたっぷり時間をかけて整理してから帰宅した。
これが、ふたりの日常。
本当は、翔護の背中を追いかけて、隣りに並んで歩きたい。
朝は眠いねなんてたわいもない話しを、帰りは夕飯の話しをしたりなんかして、一緒に玄関のドアを開きたかった。
一緒に登下校することは、千聖の『やりたいことノート』の中のひとつでもあったけれど、まだ道のりは遠そうだ。
どうして自分を避けているのか。
言葉の端々から探ってみても明確な答えは見つからず、ただ一緒にいられるという事実だけが嬉しくて、この状況に満足してしまいそうになるけれど、この生活もあと二週間もすれば終わり。
そうすれば、また元の『あんまり仲の良くない遠い親戚』に戻ってしまうのは明白で、それだけはどうしても避けたかった。
特別大きな出来事はなく……とは言ったけれど、翔護の雰囲気が最近はいくらかやわらかくなってきたような気がする。
朝食も夕食もきちんと時間を合わせてくれるし、話しかければぶっきらぼうながらも答えてくれた。
「できた……お弁当!」
じゃじゃーん! と心の中で効果音を鳴らして、できあがったばかりの弁当を蛍光灯の明かりで照らす。
弁当を作ることは、最初にこの同棲ごっこの話しを聞いたときから決めていた。
母にも相談して、無理なく作れるようにアドバイスをもらったおかげで、初心者でもなんとか弁当らしい形になった気がする。
いきなり手作りの弁当を渡すなんて引かれてしまうかもという不安はあったけれど、タイミング的にも今がチャンスだと思った。
優しい翔護は、千聖を完全には無視できない。その優しさを利用するのは気が引けるが、千聖も必死なのだ。
押すならきっと、翔護がほだされはじめている今しかない。
翔護は千聖の母の料理が好きなようで、毎日残さずきれいに食べる。
母の作ったおかずが入っていると言えば嫌がられることもないだろう、というずるい考えは、少しばかりキッチンの棚の奥へと隠しておく。
調理台に並んだ二つの弁当箱は、いつか翔護と一緒に使える日を夢見て買ったものだ。
色違いで、翔護はネイビー、千聖はピンクベージュのそれは、二段になった長方形がシンプルで使いやすそうだったのもあるけれど、仲良く二つセットで売られていたのが購入の決め手だった。
きっと、恋人が揃いで使うのを目的に作られたのだと思う。ベージュの方が一回り小さく、寄り添うように並べた弁当箱を見て千聖は口元をほころばせた。
翔護の家に来てから練習を兼ねて自分用に作っていたけれど、二人分になった今日からは中身が少し豪華になった。
下段にいれたごはんは、白米と玄米を混ぜて炊き、その上に昆布の佃煮を乗せてから海苔をひいた。上段のおかずは、母が作ってもたせてくれたスパゲティのサラダに、蒸したブロッコリーとピックにさしたミニトマト。花の形に切ったゆで卵の隣りに詰めたメインは、千聖が作った唐揚げだ。
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