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第22話

 振り返った翔護は、千聖が手にしたものを見て首を傾げる。 「あの、お、弁当作ったんだ。よかったら、食べて欲しい……」  言葉がだんだんと尻すぼみになってしまったのは、翔護が受け取ってくれるかなって急に不安になってしまったからだ。  作ったときはあんなに自信満々だったのに、いざ本人を目の前にすると途端に勇気がなくなってしまう。  顔を赤らめて俯き、弁当を持ったままゆっくりと落ちていく千聖の手を翔護が掴んだ。 「別に、こんなことしなくていいよ」  ひゅっと心臓が冷えた気がした。  ちょっと気軽に話せるようになったからって調子に乗って、でしゃばって。弁当まで作るなんて迷惑に決まっている。 「つか、なんで俺?」  そもそも、翔護は〝千聖の母の料理だから〟食べてくれているだけで、それは千聖自身も十分にわかっていたはず。  それなのに、彼が何も言わないことにつけ込んで強引に押しつけようとして、ちょっと押せばいけるかもだなんて翔護に対して失礼すぎる。  千聖に対して何か思うところがあるのなら、そんな相手の作ったものを口にしたいなんて思わないだろうし、断られるに決まっているのに。 「あ……そ、そうだよね。ぼくが作ったのなんか食べたくないよね、ごめん」  視界が滲む。 『なんで俺?』  ため息交じりの不貞腐れたような声音は明らかに面倒くさそうで、期待に膨らんだ千聖の胸に無数の針となって突き刺さる。 (ああ、嫌だな。こんなところで泣いたら、また翔護に嫌われちゃう)  ずきずきと痛む胸を押さえながら、千聖は溢れる涙をこぼすまいと眉間に力を込めた。  悲しみと自己嫌悪で前を向いていられず、萎びた草花のように力なく頭を垂れる。 「あ。あー……違う。そうじゃなくて」  ぐっと唇を噛みしめる千聖の様子に、翔護は自分の発言が誤解を与えていることに気づいたらしい。 言葉を探して視線を彷徨わせると、 「作るのしんどいだろって話」  と、ふっと短い吐息とともに「悪い、誤解させた」と首の裏を掻いた。 「ち……木崎だって朝練あんだしさ、わざわざ早く起きて作ってもらうのも申し訳ないから」  だからいいよってこと。と、そう言ってくれたけれど、優しい翔護は千聖本人を前にして、面と向かって「迷惑だ」って突き放すことが出来ないだけだ。  きっと、そう。  だから、あの日からこれまでだって千聖と必要以上に関わらず、距離を置くことを選んだんだと思う。  フォローしてくれる翔護が遠回しに迷惑だと言っているのはわかっていたけれど、千聖は気づかないふりをしてたじろぐ男を濡れた瞳のままで見つめた。 「じゃ、じゃあさ。ぼくがしんどくなかったらいい?」  ぐっと一歩前に出る。怖いときこそ、前に出ろ。サッカー部のスローガンでもある。 「ぼくが作りたくて作るなら作ってもいい? 迷惑じゃない?」  翔護の瞳が揺れた。 「そ……れは、お前がいいなら俺は別にいいけど」  ごめんね、と思う。優しさにつけ込んで『迷惑じゃない?』なんてずるい聞き方をして。迷惑だって、優しい翔護がはっきりと言えるはずもないのに。 「じゃあ、作るね! はい、これ!」  今にも落としそうに自信のなかった弁当を、今度は勢いよく翔護の胸へ押しつける。  勢いに一歩下がった翔護は戸惑いつつもそれを受け取ると、スポーツバッグの中へ仕舞った。 「翔護、いってらっしゃい!」  気が変わらないうちに。  やっぱり、って突き返されないうちに。  翔護を家から追い出すようにして、千聖は大きく手を振る。 「……いってきます。お前も、遅刻すんなよ」  諦めたように肩を竦めた翔護が、小さく手を挙げて家を出る。  玄関のドアが閉まり、翔護の影がドア横の磨りガラス越しに見えなくなるまで手を振って、千聖は嬉しさのまま長く喜びのため息を漏らした。

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