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第23話

「いや……ったー!」  うんと呼吸を溜めてから、両手をあげて飛び上がる。頭のてっぺんからつま先まで、千聖の全部がドキドキしている。  翔護が、受け取ってくれた。千聖の作った、揃いの弁当を。  受け取ってくれたというよりも半ば強引に押しつけたものだったけれど、それでも「いらない」と突き返されはしなかった。  両の手を胸の前で握り合わせ、目を閉じる。今頃スポーツバッグの中で揺られている弁当を思うと、じんと感動が全身を巡り、千聖の体も小さく左右に揺れた。  その日の朝練は、部員たちと一緒にフィールド内を駆け回れそうなくらい体が軽かった。  もちろん、現実にはそんなことは出来ないのだけれど、堪えきれない笑顔がグラウンドいっぱいに花開き、部員たちの視線はいつにも増して千聖に惹き寄せられていく。  そんな中で刈谷が反応しないはずもなく、もちろんからかわれたけれど、今日は少しも気にならなかった。むしろ、微笑みでながせるくらいには余裕がある。  今日の千聖は無敵だ。  翔護が、千聖が作った弁当を食べてくれる。  部活よりも勉強よりも何よりも、そればかりが楽しみで、早く昼休みにならないかと待ち遠しかった。  ――なのに。  やっと訪れた昼休み。緊張に胸を高鳴らせながら、こっそりと翔護を窺い見た千聖が目にしたのは、自分が渡した弁当ではなかった。  城華学園は緑が豊富で、敷地内に小さな公園も保有しているため、天気が良い日はそこで昼食を摂るものも多い。学食のメニューも充実しているから、教室に残るものはさほど多くなかった。  千聖は教室で昼食を摂る。仲の良いクラスメイトが教室派だったのもあるけれど、昼休みを教室で過ごす一番の理由は、翔護がそこにいるからだ。  翔護は部活動以外のほとんどの学園生活を、友人である羽村紬麦(はむらつむぎ)と過ごしていた。昼休みも、二人で机をくっつけて、時間いっぱいのんびりと過ごしているのが常だった。  翔護が中等部へ転入してきたとき、同じクラスになったのがきっかけで仲良くなったらしく、クラスメイトとも一定の距離を置いている翔護が、唯一、紬麦には心を開いているようにも見える。  紬麦は小柄で元気がよく、いるだけでその場がぱっと明るくなる、まるでひまわりみたいな子だと思う。行動がいちいちかわいらしくて、ハムスターを愛でているような気持ちになるのは、きっと千聖だけではないはずだ。  そんな紬麦のことを嫌っているわけではないけれど、翔護にちょっかいを掛けられて、ふたり仲良くじゃれているのを目にすれば、うらやましさに間に割って入りたくなってしまうのも本当。  あの日、自分たちの歯車がうまくかみ合っていたら、紬麦のポジションにいたのは自分だったかもしれない。  そう思うと、腹の奥底から黒くどろどろとしたものがせり上がって来るようで、千聖は今日も大きく深呼吸して嫉妬を散らすと、もう一度翔護たちの方を見た。 「ヒメ! もうこっち来るなってば!」 「わぁ、つむちゃん。ほっぺたぷくぷくでかわいいね」 「むいぃ~~!」  紬麦が頬を膨らませて、頭から湯気を噴いているのが見える。  紬麦をかまって微笑んでいるのは、隣りのクラスへ転入してきた姫宮志旺(ひめみやしおう)だ。  転入初日、姫宮が紬麦に公開プロポーズをしたのは記憶に新しく、二人のじゃれあう姿も今や日常茶飯事になりつつある。  異国の血が混じっているらしく、帰国子女であるという彼は、そのイメージ通りのレモン色の優しい金髪に、南国の海を思わせるブルーハワイの瞳。長身で優雅な所作は、まるでおとぎ話から飛び出してきた王子様のようだった。  そんな姫宮が加わって、最近は三人で一緒にいるところを多く見る。  交友関係を広げるのがあまり得意でなさそうな翔護も、姫宮の独特のペースが苦手ではないようで、二人のやり取りに声を出して笑っているのを見たのも一度や二度ではない。  千聖では簡単に入り込めなかった二人の間にさっと溶け込んでしまった姫宮に、うらやましさを感じないほうが無理な話だろう。 (うらやましい、うらやましい……)  そんなことばかり思っていたら、それしか話せないお化けにでもなってしまいそうだと、千聖は小さくため息を吐く。

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