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第32話
「昼休み、ミーティングあるから忘れんなよ。解散!」
「「お疲れさまでした!」」
朝練が終わり、千聖は部員でごった返すロッカールームで素早く制服へ着替えると、今日も翔護のあとを追って別館へと向かった。
千聖が自身の欲に負けて翔護の前に姿を現してしまってから数日。
翔護はもうあの場所へ行かないかと思っていたけれど、翌日からも彼の姿は同じように別館の校舎裏にあったので、千聖も変わらず後ろをついて行っている。
はっきりと約束をしたわけではないけれど、朝練後にこうしてふたりで過ごすのがルーティーンになりつつあった。
「翔護」
この数日で翔護は千聖の登場にも驚かなくなって、千聖の姿を視界の端で捉えると無言で隣りを少し空けてくれる。それだけで、千聖の心臓はいつもより早鐘を打って、きゅうっと切なく音を立てるのだ。
「あれ、昨日そんなに宿題出てた?」
弁当を食べ終えた翔護が、スポーツバッグからテキストを取り出しぱらぱらとページを捲りはじめたので、千聖は首を傾げた。
確か、翔護は昨日も一昨日も弁当を平らげたあと、こうしてテキストを開いていた。
昨日はほとんどの授業で宿題が出なかったはずで、千聖はなにもしていない自分に焦りを感じる。
「いや、宿題っつぅか、出来るときにテキスト少しずつ進めてる。家帰ってからだとやる気にならないんだよ。空いてる時間は自主練に使いたいし」
城華学園の宿題は独特だ。初等部から一貫して、教科書ではなく独自に作られた学園オリジナルのテキストから出される。該当のページは担当科の教師によって指定されるけれど、ほとんどがページの順番そのままなので、先に進めておけば自ずと宿題も終わった。
だから、教室では黙々と机に向かっているんだなと思う。
休み時間などの空き時間に少しずつテキストを進めて、まとまった時間はサッカーに費やす。
真面目でサッカーに一筋な翔護らしい。
逆に、千聖は隙間時間をあまり上手に使えないタイプだった。
端的に言えば不器用なのだ。翔護ほど器用にいろんなことをこなせない。同時に複数の作業はできないし、何をしようかなって考えているうちに時間が過ぎて終わってしまう。テキストも、家でたっぷりと時間を掛けて向き合いたい派だった。
(テキストやってても、ぼくが話しかければ答えてくれるし……翔護はホント器用だなぁ)
性格の違いにくすりと笑みを零してから、千聖は今日も足の間を通り過ぎる蟻の様子を観察して過ごす。
遠くに感じる、登校する学生のざわめき。片付けに急く部室棟の慌ただしさ。さわさわと揺れる木漏れ日の音。
その中に混じるしゃりしゃりとした音を、隣りでじっと聞いている。翔護は筆圧が強いから、シャープペンシルの芯が紙の上を滑る音がはっきりとよく聞こえる。
なんでもない日常の音が、翔護の隣りという特等席で聞いているだけで特別な音色に聞こえるから不思議だ。目を閉じて、ずっと聞いていたいくらい。
(……そういえば、羽村くんが心配してたっけ)
今までなら、翔護はこの時間にはもう教室にいて机に向かっている頃だ。
それが、近頃は朝のミーティングだと誤魔化して、こうして千聖の隣りにいる。
ちら、と視線だけで翔護を見る。
紬麦には時間を奪ってしまって申し訳ないと思うけれど、少しだけ優越感もあった。
翔護が、紬麦より自分を優先してくれている。親友の座に座っている紬麦よりも、だ。
(……ふふ。ぼくってば性格悪い)
「そういえば、この間キャプテンにとっても可愛いカフェに連れて行ってもらったんだ」
ぴた、と翔護の手が止まる。
でもそれは一瞬で、またしゃりしゃりとペンを走らせる音が聞こえてきたので、千聖は構わずに話を続けた。
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