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第33話
「キャプテンって結構見た目が派手だし、どっちかっていうともっとこう騒がしいところのほうが好きなのかなって思ってたんだけど……なんていうのかな、クラブ? とかみたいな」
想像でしか知らない大人の遊び場を思い浮かべて「ぼくたちの歳じゃ、まだ入れないけど」と冗談めかして笑ってみる。翔護からは、カリカリとさっきより少し強くなったペンの音が返ってくるだけで、笑いは得られなかった。
「それでね、キャプテンが行きたいって言ってたお店だったから、なんでですか? って理由を聞いたの。だってさ、あんまり可愛らしいところだったから、ぼくもびっくりしてちょっと恥ずかしくなっちゃって」
うさぎをモチーフにしたカフェは、いたるところにうさぎのぬいぐるみや置物などが飾られていて、いかにも女性が好みそうな、やわらかい雰囲気のお店だった。
そこへ、男二人……しかも思春期真っ盛りの男子高校生が二人だけで訪れたのだ。緊張して、始終汗を掻いていたのを覚えている。
自ら行きたいと言うくらいだから刈谷は慣れているのかと思ったのに、そんなことはなかったらしく、珍しく始終表情が硬かったのを思い出すと自然と笑みがこぼれてしまう。
カリカリカリ、ペンの音はもっと強くなった。
「あ。でも、羽村くんが好きそうな感じかな? お弁当箱とか、持ち物いつもかわいいよね。お母さんがお好きなのかも。今度教えてあげようかな、ね、翔護」
「……そうだな」
にこ、と覗き込むように微笑みかけてみても、翔護からはそっけない返事が返ってくるだけで目は合わない。
「あ。それで、キャプテンの話なんだけど、なかなか理由を教えてくれなくて、ずっともじもじ言いづらそうにしててね。あのキャプテンがだよ? いつも調子が良いっていうか、何事にも動じないような姿が印象的だったから驚いちゃった」
キャプテンにも、動揺するようなことがあるんだなって。
今度なにかからかわれたら、これをネタにからかい返すのもまた面白そうだ。
ガリガリ、ペンが紙をひっかくような音に変わる。
「これがギャップ萌えってやつなのかな、かわいくて、ちょっとキュンとしちゃっ……」
ガリガリガリ……一層激しくなったそれがポキッと音を立てて止まり、頬に小さな衝撃が走った。
「わっ」
びっくりして思わず声を上げると、翔護ははっとしたように千聖の方を向く。
折れたシャープペンシルの芯が、千聖の頬に弾かれて地面に落ちていた。
「翔護……?」
「わりっ、大丈夫か?」
きゅっと頬を両手で挟まれて、その手の熱さにドキンと鼓動が跳ねる。
「う、うん」
傷がないか、確かめられているのだ。勘違いしないで。
自分にそう言い聞かせるけれど、ドキドキは加速するばかりで瞳の奥が沸騰したみたいにぐらぐらと揺れてくる。
このまま猫のように翔護の手のひらに擦りついたら、撫でて甘やかしてもらえるだろうか。
ごくん、と喉を鳴らして白昼夢を見かけた千聖を、翔護の声が現実へと引き戻す。
「……キャプテンと仲、いいんだな」
「へ?」
触れていた手が離れていってしまう。それを名残惜しく見つめながら、千聖は「んー」と唇に指を添えた。
翔護から何かを聞かれたのは久しぶりだ。興味を持ってもらえたことが嬉しくて、一気に舞い上がった頭では、どうして翔護が千聖と刈谷の関係を気にしているのか、理由を深く考える余裕もない。
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