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第34話

「仲がいいっていうか、心配なんじゃないかな。今はもうそんなことないけど、中等部で入部したての頃は、暑さにすぐダウンしたりもしてたし……サッカーの知識がほとんどないままマネージャーになったから、いろいろと気に掛けて教えてくれるんだよ」  千聖が刈谷を兄のようだと思うように、きっと刈谷も千聖のことを弟のように思っている。  本人に直接確認したわけではないし、兄弟のいない千聖には兄が弟を思う気持ちにも、弟が兄を思う気持ちにも見当がつかない。  でも、好きな人を想う気持ちなら千聖にはわかる。好きな人を前にしたとき、どれだけ瞳が強く熱く見つめてしまうかを知っている。  刈谷が千聖を見る瞳に、恋の熱は感じられなかった。それは、千聖が刈谷に対して向ける瞳も同じ。尊敬に瞳を輝かせることはあっても、恋の熱を灯したことは一度もなかった。  だから、翔護が心配することは何もない……と思ってから、千聖ははっとして「ないない」と心の中で首を振った。  自然と、翔護が刈谷の関係を誤解して嫉妬してくれたんじゃないか、なんて都合の良すぎる勘違いをしてしまっていた自分が恐ろしい。  そんなことあるはずがないのだから、もうこの話題は忘れよう。 「あと、応急処置の仕方も教えてくれたり。すごいよね、プレイヤーとしての知識だけじゃなくてサポート側の知識も持ってる。みんなに頼りにされてるのもわかるなぁ、ぼくもキャプテンのことたより……に?」 (わぁ)  むっすぅ、と浮かび上がる文字が見えるみたい。  隣りからどろどろと重苦しい空気が漂ってきた気がして翔護を見ると、彼の全身からは隠しきれない不機嫌なオーラがたちのぼっていた。  苛々を体現するように、右の脚が小刻みに揺れている。 「しょ、翔護? どうしたの?」 「べつに」 (いや、全然べつにって顔じゃないんだけど……脚、すっごい揺れてる)  怒るとき、翔護はいつも「静」だった。声を荒らげたり、物に八つ当たりして壊したりするようなことはなく、千聖と距離を置いたように静かに怒りを表現する。  だから、翔護がこうしてあからさまな動きでもって不機嫌さを露わにするのは珍しい。 「で」 「で……?」 「お前が頼りにしてる大好きなキャプテンが、なんでそんな可愛い店に行きたがってたんだよ」 「あ……」  その話。  全然興味がないかと思っていたのに、聞いていてくれたのか。  というか、大好きの部分にすごく棘を感じるんだけれど? 「え、と……妹さんが好きなお店みたいで、今度連れて行ってあげたいんだって……」  だから、それの下調べ。 「ふーん、あっそ」  自分から聞いたくせに、翔護はなんの興味もなさそうに相づちを打った。 (やっぱり興味がないんじゃない……)  面白くなさそうに口はへの字に曲がったままだったけれど、脚の揺れは治まっている。  翔護の態度に思い当たる節がなく首を捻るけれど、ふと可能性に思い当たって千聖はおずおずと翔護を見上げた。 「あ、あの……翔護」 「なんだよ」 「こ、今度一緒に行く?」  ふたりの間、ざらついたコンクリートの上に置かれた翔護の手を、きゅっと自分の手で覆い隠すように包んだ。 「は⁉」 「えっ、だって行きたかったのかと思って」  こんなに機嫌を悪くするなんて、自分が行きたかった店に千聖と刈谷が先に行ってしまったからじゃないか。

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